DARK TALE OASIS

主に映像作品にふれて、思った事を書いていきます

総括 「13〜マスターズ・オブ・ホラー2〜」を思う

  マスターズ・オブ・ホラーの第二シーズンは残念ながら低調な出来映えの作品が目白押しで、早くもホラー映画にありがちな胡散臭い感じが顕わになってしまった。前回から居残った監督の作品にその傾向は顕著で、前シリーズに提供した作品を越える事が誰一人出来なかったのがどうにも面映い気分にさせた主原因にもなっている。ジョン・ランディスとスチュアート・ゴードンに限っていえば、どちらを上と見るかは好みの問題になるのかとも思う。この二人に関していえば、期待値も(理由は異なるが)もともと低いわけだからそれなりのレベルで安定しているという言い方も出来ると思われる。問題は、コアなファンが多い二人である。ジョン・カーペンターとダリオ・アルジェント。この熱烈な固定ファンを持つ二人の作品がよい出来か悪い出来かによって、このシリーズの今後を占う一つの指針になってしまうのは個人的には疑問もあるが、世の中とは往々にしてそういうモノなのだから仕方がない。ホラー映画界という狭い世界だけの中では押しも押されもしないビッグ・ネームのこの二人は、間違いなく本シリーズの目玉或いは広告塔の役目を負わされる運命でもあるわけだ。
 カーペンターとアルジェントには、幾つかの共通点があると思われる。まず二人共、早い時期に自身のエポック・メイキング的運命の作品をモノにし、その呪縛から一生逃れられないという袋小路人生を生きているサバイバーである点が大きいだろう。その作品とは言わずと知れた「ハロウィーン」であり、「サスペリア」だ。ホラー映画と呼ばれるジャンル映画に限っていえば、この二作品に比肩しえる人気映画はそうはない。ロメロの「ゾンビ」、そしてトビー・フーパーの「悪魔のいけにえ」というホラー映画を飛び越えて映画百年の歴史に残るべき奇跡の傑作を除けば、この二本の作品が背負っている物の大きさは計り知れない。今上げた四本の作品がいみじくも後のホラー映画と呼ばれる卑しい映画群に与えた影響を考えると、それはある意味負の遺産と言えなくもないのが悲しいところだ。この四本に共通する圧倒的なパワーと面白さの内、どうでもいい部分ばかりが誇張されてしまったのが現在低迷を続けているこのジャンルの全てだ。どんなに艶かしく陰惨に内臓をぶちまけようが、リアルに鮮烈に殺人が行われようが、それは直接作品の優劣には関係しないと私は思っている。視覚という限定された恐怖には、誰も心から震え上がる事など決してないのだから。「悪魔のいけにえ」にどれだけ直接的に視覚に訴える陰惨なシーンがあると言うのだ?「ゾンビ」にしても、内蔵ぶちまかしのシーン等なくても、あの映画の本質は全く変わらないだろう。「ハロウィーン」で使われた血糊の量はいかほどだろうか?「サスペリア」の絵画的な殺人シーンから、一体どれだけのリアルさが感じられるというのか?全ての映画はファンタジーである。全てを見せてしまうのは、実は人の想像力を阻害する行為に過ぎない。トマス・ハリスの傑作を映画化した「ハンニバル」は、これら四作品よりも比較にならない大金が投じられているし、ラストの脳味噌食いは遥かに陰惨な描写を見せつけてくれるが、一本の作品としては実に大した駄作だ。小説から得られる愉悦も恐怖もあったもんじゃない。映画が小説の面白さを越える事など本来あり得ないというのは、間違いなく事実だ。映画の方が小説より絶対に面白いという人は、残念ながら想像力にいささか問題があるに違いない。映画の武器は映像であるというのはもちろんその通りだが、映像があるというのは両刃の剣にもなりえるわけだ。カメラを回して、フィルムを繋ぎ合わせれば映画は誰にでも作れる。{マンガばかり読んでるとバカになるよ}と昔の母親はよく口にしたものだが、マンガが氾濫した現在の日本の現状を見せつけられると、それもあながち間違った言い分ではないのではないか?ここ数年のホラー映画を、私は自分の子供には見せたいとは思わない。そしてマスターズ・オブ・ホラー2には、残念ながらそういう部分に特化した作品が実に多かったのが口惜しい。ホラー映画など何の役にも立たない薄汚くすえた臭いを撒き散らす夢の島だと言われても、もはや何の反論も用意し得ない現実がそこにはある。
 二人の(或いはロメロを入れて三人の)共通点として、まともな映画を作りあげるのには技量の点でいささか問題があるというのも間違いのない所だ。はっきり言えば、へたくそだという事だ。例えば「チャップリンのサーカス」やデヴィット・リーンの「アラビアのロレンス」、スピルバーグの「激突」やコッポラの「ゴッドファーザー」といった優れた作品について、私は奇跡的な傑作だと言うつもりはない。彼らは高いレベルで常に作品を作り上げる腕前を確実に持っているからだ。それに比べて、カーペンターズなにがしやアルジェント・プレゼンツといった作品群のレベルの低さは、笑うに笑えないモノがバナナの叩き売り状態だ。ロメロに至っては、「ゾンビ」以外は心の臓まで腐り果てていると言っても過言ではあるまい。「URAMI」や「死霊のえじき」(以前も言った事があるかもしれないが、ゾンビは死霊ではないのではないか?)は、およそ商業映画としては最低のレベルの作品に違いない。学生の卒業製作でも、もっとましな映画は存在する。カーペンターの幾つかの作品は、低予算であるという現実以上に怖ろしい程チープで情けない映像の目白押しだったりする。アルジェントの場合は、チープさに加えておよそ考えられうる全ての破綻をこれ見よがしに提示されたりするではないか。誓って言うが、私は別に彼らを馬鹿にしているわけではない。事実をありのままに言っているに過ぎない。とにかく、彼らは揃いも揃って{へたこいた}を連発してくれる、やたら笑える映画監督達なのである。そういう意味では、今回二人がマスターズ・オブ・ホラー2に提供した二作品「グッバイ、ベイビー」と「愛と欲望の毛皮」は、見事なまでに二人にとっての定位置をキープした内容であるとも言える。つまらないのでもくだらないのでもなく、ただただ低レベルの作品なのだ。
 マスターズ・オブ・ホラー3の製作は、ちょっと暗礁に乗り上げた感がある。前シリーズの各監督の意気込みは一体どこへ行ってしまったのだろう。モチベーションの低下が明らかに感じられた結果が、如実に作品に表れているとは言い過ぎだろうか?前作より上がったのは、露骨なスプラッター度だけなのではないだろうか?繰り返しになるが、それは作品の出来とは本来無関係な部分であり、私には逃げの姿勢と感じられてしまった。恐怖とは何なのか?人は何に恐怖を感じるのか?それを体現して見せてくれてこそ、マスターズ・オブ・ホラーの称号に相応しいというのは勝手な高望みに過ぎないのか?奇跡はそうそう起きないからこそ奇跡なのだと、そう言われてしまえば見も蓋もないわけだが、私はそれを成しえる力は生きて映画を作り続けている以上彼らには備わっていると思うからこそ言わずにはいられないのだ。前回感じたトビー・フーパーの復活の兆しも、ただの兆しに過ぎなかったと納得しろというのか?継続は力なりとも言うではないか?出来の悪い子ほど可愛いともいう。不器用で垢抜けない彼らの未来を、私はやはり愛さずにはいられない。
 新参組と居残り組みの勝敗だが、痛み分けの引き分けに限りなく近いが一応新参組の勝ちとしたい。理由として、ロブ・シュミットの「妻の死の価値」には観るべき部分があると思われたからだ。ブラッド・アンダーソンの「ノイズ」も中盤までは十分面白かった。作品自体は大した出来ではなかったものの、久々に再会したピーター・メダックという名前にも敬意を表したい。随分とその名前を耳にしていなかったが、元気に監督業を続けているのだなぁ。メダックには忘れてはいけない「チェンジリング」という良作がある。ホラーとは本当に奥深い意義ある映画のジャンルである。そしてそこに生きる人間達も、また奇妙な魅力に溢れた奥深い人達なのだ。次回は誰が新参組に名を連ねてくれるのだろうか?居残り組みの奮起はあるのか?ホラー映画の巨大なファミリー・ツリーは、まだまだ枯れてしまっては困るのだよ。
 最後に一言。今回の邦題はどれもこれも本当に酷いね。こういうのを本来、才能の欠片もないと言うのではないか?


  「13 thirteen 〜マスターズ・オブ・ホラー2〜」
 監督  鶴田 法男
      ミック ギャリス
      ジョー・ダンテ
      トム・ホランド
      トビー・フーパー
      スチュアート・ゴードン
      ロブ・シュミット
      ブラッド・アンダーソン
      ダリオ・アルジェント
      アーネスト・R・ディッカーソン
      ジョン・カーペンター
      ジョン・ランディス
      ピーター・メダック

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