常に控えめで、目立たぬよう目立たぬように60年代から70年代初頭にかけて、その才能を他人の為に注ぎ続けた一人の天才ギターリストをご存知だろうか?
彼の名はクラレンス・ホワイト。ここ日本においての彼の知名度は、不当に低すぎる気がしてならない。世に天才ギターリストは数多いるが、真の意味での天才は一体どれほどいるのだろう?ジャンゴ・ラインハルトの名前は当然そこに刻まれるだろう。パコ・デ・ルシアも入るに違いない。ウェス・モンゴメリーも、その圧倒的知名度に敬意を表して含まれてもいいに違いない。ロックというジャンルにおいては、ジミ・ヘンドリックスの名前を加えてもいいかも知れない。彼らに共通する点は、革新的な意味での真のパイオニアでありオリジネイターであるという点だ。そこにクラレンス・ホワイトの名前が加わることに、一体誰がNOと言えるというのだ?彼もまたその世界において、唯一無二の天才であったはずだ。
ブルーグラス・ミュージックという言葉が、日本では一部のマニアにしか通用しないのはどうしてだろう?そもそもカントリー・ミュージックが、ここ日本では妙な偏見に満ちた感覚で語られる現状がどうしてなのか、私には分からない。戦後の音楽評論家やメディアは、一体何をしていたのだろうか(というか、したのだろうか)?人によっては、カントリーって日本で言う所のアメリカの演歌でしょ?なんて言ったりする。古くからその地の人々の間に浸透していた流行歌という意味では、当たらずも遠からずなのかもしれない。けれど、カントリーは別にアメリカの音楽ではない。オーストラリアでもカナダでもミュージック・シーンにおいて、きっちりと売れ続けている現在進行形の音楽である。つまりはヨーロッパから海を渡った移民の国では、等しく栄えている音楽である。現在でもアメリカでは、最も集客力があり最も金を稼ぐ音楽のジャンルの一つなのだ。アメリカで音楽によって大金を稼いでいる上位の人物を挙げてみれば、カントリー人脈がどれだけ力を持っているか分かるだろう。現在ポプュラー・ミュージック業界において、ヒップホップ系の音楽ばかりが売れているのは先進国ではどこも似たようなものだが、カントリーは確実にアメリカでは現在も変わらずドルを吐き出しているのだ。それは凄い事だと思わずにはいられない。
カントリーのルーツを探ると、アイルランドという国が浮かび上がってくるのは、もはや基本中の基本ではないだろうか?カントリーにおいて花形の楽器は何か?ギターだろうか?バンジョーだろうか?私はフィドルではないかと考える。フィドルとはヴァイオリンの事だ。人気のあるミュージカルで映画化もされた「屋根の上のヴァイオリン弾き」の原題は「Fiddler on the roof」だ。辞書を繰れば、ヴァイオリンの俗語、蔑称といった言葉が目に入る。この楽器の歴史はもの凄く古く、何百年も変化もせずに弾き続けられてきた実に驚くべき楽器だ。日本ではおよそクラシックの場でしか目にする機会がないのだが、本来フィドルはもっと手軽に家庭でパブで誰もが親しんでいるありふれた楽器の一つなのだ。フィドル・ミュージックの歴史は、ヨーロッパと新大陸を繋ぐ壮大な歴史のごく一部に過ぎない。しかしポプュラー・ミュージックの歴史に焦点を絞った時には、とてつもない巨大な潮流として決して目を逸らす事の出来ない事実として私達の前に立ちはだかるに違いない。「タイタニック」という映画で、実際私達はその歴史の一端を見せられているはずだ。タイタニック号の船底で、人々の不安と憂鬱を吹き飛ばす為に、希望と明るさを鼓舞する為に、フィドルがどんなに力を発揮したのかという事を。
やがてフィドルよりも安値で演奏が簡単な楽器であるギターが台頭してくるわけだが、ギターというのは実際もの凄く多種多様に進化した楽器である。ギターと一口に言っても、それぞれ使われるジャンルによってかなり違うという事を、日本人のどれくらいが理解しているのだろうか?ガット・ギター、スパニッシュ・ギター、アコースティック・ギター、フォーク・ギター、クラシック・ギター、ホロー・ギター、セミ・アコースティック・ギター、ソリッド・ギター、ドブロ・ギター、ペダル・スティール・ギターなどなどなど、他にもたくさん呼び名があるギターだが、どれとどれが同じ物を指す言葉でどのような形状及び仕様上の違いがあるのか、あなたは全て答えられるでしょうか?そんな事はどうでもいい知識なわけですが、ギターという楽器がカントリーにおいて当初は伴奏の為に使われていたという事実が大事なわけです。これはJAZZでも同じです。ビッグ・バンドの時代において、ギターのソロなんて聴衆に届かないわけですから、JAZZにおいてはリズム楽器でしかあり得なかったわけです。ギターをリード楽器として使用する道を開いたのが、エレクトリック化という技術でした。ギブソンのES−150を引っさげて、チャーリー・クリスチャンがJAZZの分野で新しい道を示したわけですが、それはまた別の話だ。
一方カントリーにおいては、フィドルやフラット・マンドリンというリード楽器がそもそも花形だったわけで、やはりギターは伴奏こそが天命とされる運命にあった。だが、インストルメンタルから歌手の時代に至っては、歌手のお供をしたのは主にギターだったわけだ。ここでも歌の伴奏には違いないが、ギターはいろいろな奏法が編み出されて着実に進歩していく。フィンガー・ピッキングからフラット・ピッキングへの流れの中、かの有名なカーター・ファミリーが登場する。メイベル・カーター(女性ですよ、女性)が紡いだ独特の奏法は{カーター・ファミリー・ピッキング}と呼ばれ、ギター奏法の一つの定番になっていく。
そんな中、ケンタッキーの地でアコースティック・ストンプ・ミュージックが生まれ、そこから一人の才能が全米を揺るがす存在になる。ビル・モンロー&ブルーグラス・ボーイズの登場だ。ボーイズのメンバー交代の中、スクラッグス&フラットが参加して録音されたものが、今日のブルーグラスの基礎を築く礎になった。ブルーグラスってどんな音楽?少しでも興味をもたれた方は、その耳で聴いて頂きたい。百聞は一見にしかずではないが、音楽は耳で聴かない事には何を言っても意味がないわけです。
「ミュールスキナー」とはバンド名ではない。というか、このメンバーは別にバンドを組もうと集まったわけではないからだ。70年代初頭、西海岸で製作を予定していたブルーグラス・ライブのTVプログラムに、出演する為に偶然集まった若手ブルー・グラッサーの面々だ。もちろん各々は名うてのグラス・マンなわけだから一緒に仕事をした事がある者もいただろうし、少なくとも全員がその名前を知っていたはずだ。第一部に御大ビル・モンロー&ブルーグラス・ボーイズが演奏し、第二部でこの若手の面々がセッション参加するという構成だったらしい。けれど、ビル・モンローが交通事故により出演出来なくなり、急遽集まった若手の面々だけでライブを敢行し、TV番組は救われた。ビル・モンローには申し訳ないが、これは神が与えてくれたベストの選択となった。ここで繰り広げられた名演は、ブルーグラスのそれを越える音楽として歴史に名を残すべき名演となったからだ。ビルがいては、ここまで自由な演奏は望むべくもなかっただろう。本人達もそれは確実に感じ取ったようで、このメンバーはその後数回集まってはライブを行ったようで、その流れで一枚のアルバムが製作された。そのアルバム・タイトルが「ミュールスキナー」である。既に名うての音楽家として当時流行のロックの分野でも活動していたこのグラス・マン達の演奏は、ロックとブルーグラスという過去と未来のジャンルをものの見事にミックスする事に成功している。なんて芳醇で濃厚な音楽なんだろう。このアルバムに針を落とす度に、私は興奮で身体中が勃起してしまうかのようだ。メンバーそれぞれの技術も完璧で、「ミュールスキナー・ブルース」にしろ、「ソルジャーズ・ジョイ」にしろ、「ブルー・ミュール」にしろ、もう御大のオリジナルはおろか誰のカバー・ヴァージョンも、もう聞いていられない程に魅力溢れた作品として完成してしまっている。クラレンス・ホワイトはここでも控えめに目立たぬように静かにロックしているが、この才能が目立たないわけがないではないか?このアルバムほどの革新性も迫力も、このTV版の演奏ではまだ聴く事は出来ない。いわば偶然のセッション・ライブだったのだから、それは当然の事だろう。人間はそんなに器用ではない。それは天才が何人揃おうと変わらないに違いない。バンドのグルーブというのは、メンバー間の相互理解から生まれる巨大な波なのだから。それでもこのTVプログラムが価値を失う事は、人間がこの世から滅亡してしまうまでないだろう。この映像は、一つのビッグ・バンの瞬きを捉えた感動的な稀に見る奇跡の記録だからだ。
傑作「ミュールスキナー」が発売された1974年。クラレンス・ホワイトは既にこの世の人ではなかった。たった29年の生涯。29歳ですよ。無念だ。悔しいなぁ。私の寿命が授けられるのならば、喜んで捧げたろうに。それが世の為人の為というものではないか?
クラレンス・ホワイトが何故革新的なのか?クラレンス・ホワイトが何故唯一無二なのか?ケンタッキー・カーネルズの輝きは?後期バーズの素晴らしさは?60年代から70年代のポピュラー・ミュージック・シーンに、クラレンス・ホワイトが参加した数々のセッションがもたらした功績は?クラレンス・ホワイトに関して語れるこの幸せを、たった一度の文章なんかでどうして終わらせる事が出来ようか?それは永遠に続く大いなる円環の一部でしかないのだから。慌てない慌てない。一休み一休み。
「ミュールスキナー ライブ」 1973 アメリカ
A POTPOURRI OF LIVE BLUEGRASS JAM
クラレンス・ホワイト (lead guitar)
デヴィット・グリスマン (mandolin)
リチャード・グリーン (fiddle)
ビル・キース (banjo)
ピーター・ローワン (vocal & guitar)

