前回、ジョー・リン・ターナーに対して少々軽んじた内容になってしまったので、続きものとしてこの章を捧げる事によってその非礼に答えたい。
ジョー・リン・ターナーがRAINBOWに参加していた時期は、実に3年とちょっとという振り返ってみればあまりにも短い蜜月だった事が分かる。この3年とちょっとの間に、このメンバーは3枚のアルバムを発表し、三度の来日公演を行っているのだから凄い。どんだけこの時期のリッチーに気合が入っていたか、そしてメンバー間の充実度というものが窺えるわけだ。好例のメンバー交代も、ドラマーがボブ・ロンディネリからチャック・バーギへ、キーボードがドン・エイリーからデビット・ローゼンタルへと変わったのみで、最小限のマイナー・チェンジで乗り切っている。リッチーとロジャーを除けば、メンバーの平均年齢は爆発的に下げられたわけだ。それに応じて楽曲もソフトでポップなものへと変化した。この事がロニー・ジェイムス・ディオ時代の重厚でドラマチックな楽曲群がひしめいた時代に慣れ親しんだ人々に、幾ばくかの不満をもたらしたのは想像に難くない。RAINBOWは軟弱になっしまった、というわけだ。
この二つの時期のRAINBOWというのは、実際まったく別のバンドである。過渡期となるグラハム・ボネットの時代があったとはいえ、これだけバンドの姿ががらりと変わってしまう例はそうはない。それはセット・リストを見て頂ければ一目瞭然だ。ロニー時代の名曲の数々は、無かったかのように陰を潜めてしまった。普通どんなバンド(或いはソロ)でも、過去の名曲は時代が変われども長くセット・リストからは外れないものだ。それは一つにはファンが聴きたいと欲している楽曲であり、メンバー本人も愛している楽曲であるからだろう。なるほど欧米のロック・バンドのように、ツアーが長ければそれらの楽曲には飽き飽きするというのは当然の事だ。毎晩毎晩カレーを食っていれば、どんなにカレー好きでもお茶漬けが欲しくなるものだ。けれど観客というものは連日連夜顔ぶれが異なるわけで、メンバーがいかに飽き飽きしていようともそれらの代表曲は演奏せざるを得ない。それがプロフェッショナルたる所以であり、使命であり、仕事なわけだ。では何故、RAINBOWはセット・リストを一新するという断行にあえて踏み切ったのか?それは間違いなくジョーが、ロニー時代の楽曲にそぐわないフロント・マンだった事が大きい。この点については前回のPURPLEで指摘した点と全く同じである。何でもそつなく器用に歌いまわすというジョーの印象は、実はまったく的外れな印象であるわけだ。断言するが、ジョーが生きる楽曲というのは、実はもの凄く範囲が狭いという事実だ。それは歴代のPURPLE及びRAINBOWのフロント・マンが、いかに堂々とした迫力と歌唱力を備えもっていたかの証明にもなるわけだ。リッチーがPURPLEを再度脱退し、ドゥギー・ホワイトを迎えてリッチー・ブラックモアズ・レインボーのプロジェクトを開始した時に、ドゥギーよりもジョーの参加を望む声が多かったのは明らかに誤解が生んだ間違った希望の発露である。その来日公演を見て頂ければ理解出来ると思うのだが、全RAINBOWの歴史から良いとこ取りをしたお祭りのような奇跡のセット・リストだったわけだ。これはジョー・リン・ターナーには不可能な事であったはずだ。ドゥギーとジョーのどちらが優れたヴォーカリストかというのは問題ではない。これは各々の特性の違いである。ドゥギーをして無個性だとか何とかという指摘は間違っている。それはドゥギーが持っていた資質の宿命であるのだから。ドゥギーは真の意味で器用なヴォーカリストなのだ。そしてジョーは、そのイメージとは裏腹の実に不器用なヴォーカリストなのである。けれど自分にあった楽曲に囲まれた時のジョーは、実に素晴らしい。それはジョーが在籍していた時代のライブを観て、或いは3枚のアルバムを聴いてみればその優秀さに舌をまく事だろう。つまるところ、それらの分析はリッチー・ブラックモアが何故凄いかという点を暗に示しているに過ぎない。リッチーが真剣に空気を呼んで解析し、作意を持ってそれらを成したとしたら、それはもう化け物だ。ある程度それは、運命という偶然に左右されている神々による決定事項であったというのが正しい見解ではないのだろうか?リッチーに見出されたヴォーカリストのほとんどが、その後自分のバンドを立ち上げ成功しているのは一体どう説明すればいいのだろうか?ギランを、ホワイトスネイクを、ディオを、アルカトラズを思い出して欲しい。彼らはキャリアこそあったものの、リッチーと仕事をする前は無名であった者達である。類は類を呼ぶ。天才の下には天才が集まる。そうまさに狼は狼を呼ぶ状態だ。そこには間違いなくリッチーの才能の萌芽が見られる。つまり、リッチーは自らの曲づくりの縦横無尽さを駆使して、各ヴォーカリストのポテンシャルを最大限に引き出す魔術師なのだ。自分の能力を自己確認し把握した人物の凄さは、音楽の世界だけには留まらない強さをどの分野でも見せつけてくれる。リッチーによって道は示された。彼らは皆、幸運の兵士なのだ。では何故、ジョー・リン・ターナーだけが大成しなかったのか?残念ながら、それがジョーの個性だとしか申し上げられない。リッチーが隣にいてこそ、ジョーはその翼を最大限に広げられる人物なのだ。その意味で、イングヴェイ・マルムスティーンでは甚だ役不足だ。イングヴェイには他人の力を引き出す能力は全くもってない。自分が一番の人だからだ。技術的に頂上を極めるギターリストでありながら、音楽家としてリッチーに遠く及ばないイングヴェイの姿がそこにある。そしてもう一つ、ジョーにはマイナスの要素がある。それはルックスの良さである。リッチーがジョーを選んだ理由の第一が、そのルックスの良さであるのは明らかだ(笑)。美人は三日で飽きる。美人薄命。世の中というのは実に身勝手なものだが、それが現実なのだから肝に銘じておくべきではないだろうか?
RAINBOWによる「JAPAN TOUR 1984」は、公式にVIDEOとして発売されたジョー在籍時の二本目の作品だ。時代の流れもあるのだろうが、いかにリッチーがジョーのルックスに自信を持っていたかの表れでもあるのではないだろうか?無頓着に無意識にそういう事をしてしまうのが、リッチーの神がかりな部分でもあるのだから。最近ロニー時代のTV映像が突然DVD化されて発売されるというサプライズがあったが、このVIDEOがDVD化されないのはとても不思議な現象だ。VIDEO自体はとっくの昔に廃盤になっているわけで、最近になってRAINBOWを知った人々には、なかなか入手しづらい現状は悲しいものがある。ここに示された16曲のラインアップは、ここまでの文章を見事に体現しているといって過言ではないだろう。申し訳程度にCatch the rainbowがリストに上っているが、過去のRAINBOWとは完全に決別しているのが分かる。あの代表作であり忘れられぬ名曲でもあるMan on the silver mountainすら演奏されていないのだから、その徹底振りには頭が下がる。詳しいセット・リストについては、今回ははぶかせて頂く。どうしても知りたい方は、各自で調べて頂きたい。公式に発表されていたVIDEOなので、そう難しい事ではないだろう。それにしても、アンコールもグラハム時代のポップな曲が2曲とSmoke on the waterなのだから、本当にロニー時代のバンドとは別物であります。ロニー時代のDVDについては以前このブログ内で発表しているので、そちらも合わせて参照して頂ければ幸いです。
「JAPAN TOUR 1984」。このライブは、油が乗り切っているバンドの現状を華々しく、楽しげに活写しているものとして多分に好感がもてる代物だ。平均年齢が一気に若返った事の影響は、各々のメンバーの服装やパフォーマンスから如実に見て取る事が出来る。飛び跳ねるリッチーを見よ。こんなにはしゃいでいるリッチーの姿は、なかなかお目にかかれるものではない。愛しき君がただ横にいるそれだけで、人間はこうも根底から変わってしまう生き物なんだね。PURPLEのライブ映像に見られる、冷酷で無口な孤高の鬼神たるギターリストの姿はここには微塵もない。とにかく衣装ももの凄くお洒落だ。この頃のバンドは、完全にジョーを中心に回っていたのが微笑ましい。リッチーも、そしてロジャー・グローバーまでも実に明るく若々しい。ジョーはフロント・マンとして十分な存在感を示している。幸福な結婚。この二人が、この直後破局を迎えるとは、にわかには信じ難いではないか。しかし現実とはいつもそういうものだ。ジョーの下ではっきりと完成形を見た新生RAINBOWは、この公演を最後に虹を架ける事を止めてしまった。惜しい。実に惜しい。新たな伝説の為に払った犠牲は、取り返しがつかないとまでは行かないにしても、とてつもなく大きかったのは間違いなかろう。夫婦の間は他人にはわからないものだ。端からどんなに幸せそうに見えても、恋人同士の実際なんて二人にしか分からないと、かの浜崎あゆみも歌っていましたしね。
オープニングのSpotlight Kidや、オーケストラとの競演を果たしたDifficult to cureと、見所も豊富な本作ではあるが、やはり最大の見せ場は I Surrender に尽きる。CD化はされているが、この愉悦は映像と共に感じて欲しいものだ。これは歴史に残る名演であり、ジョー在籍時のRAINBOWというバンドの全てを語り尽している。あぁこの至福を、世の中の全ての人に伝える事は出来ないものか?その可能性はゼロではないに違いない。何故なら、それが映像の持つ魔力なのだから。そうではないか?早々にDVD化が実現しますように・・・。全ての人に愛を。全ての人に夢を。そして、全ての人に虹を・・・。あの日ジョー・リン・ターナーは、確かに山の頂に立っていた。
「RAINBOW JAPAN TOUR in 武道館」 1984 日本
RAINBOW
ジョー・リン・ターナー (Vo)
リッチー・ブラックモア (G)
ロジャー・グローバー (B)
デビット・ローゼンタル (Key)
チャック・バーギ (Ds)

