ザ・ビートルズの膨大なプロモーション・フイルムを眺めつつ、うたたねするのはとても気持ちがいい。昨今は癒しを目的としたヒーリング・ミュージックなるものがそこそこのセールスを上げる時代のようだが、ある年代の人々にとっては、ビートルズ以上の癒し音楽など存在しないのではないか?
「A DAY IN THE LIFE」は、サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドのアンコール曲であるのはご存知の通り。この架空のバンドを基軸にして一枚のアルバムが製作されたのは、1966年の暮れから1967年初頭にかけて。ありあまる膨大な金と700時間を越えるともいわれるスタジオ・ワークの末に形作られたこのアルバムは、ある時期までビートルズの最高傑作と言われ続けてきた。アルバム・ジャケットを絵画の如く部屋に飾っても様になったLPレコードの時代では、この派手でサイケなカヴァー・デザインも作品の評価を著しくアップさせる事に貢献したのは間違いない。CDの時代になってその画期的なデザインも小さく小さく押しつぶされてしまったが、それと共に「リボルバー」最高傑作論が台頭するなど、今では一概に最高傑作とは言えなくなってしまった感がある。が、そもそも作品の力が人の評価によって変わる事などありえない。ひとたびレコードに針を落とせば、60年代において時代の最先端を突っ走っていった驚きと興奮を味わう事が出来るだろう。断言するが、ザ・ビートルズというバンドはこの作品によって、一区切りがついてしまっている。「サージェント〜」以前と「サージェント〜」以後では、バンドの中身がはっきりと変化しているのが分かるだろうか?ザ・ビートルズという超人気アイドル・バンドは、その変化によってもろくも自滅の道を辿っていくのであるが、それはまた別の話である。
「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」は今更言うまでもなく、ビートルズが生み出した傑作のひとつである。ジョン・レノンの厭世的で何かを皮肉ったような詩は、その後のジョンのトレード・マークとなる。そして中間部にはポールのポールらしいあっけらかんとした楽曲が組み込まれている。この二つの曲には何の接点もないのだろうし、もともとの生まれも全く別なのに違いない。それでもこの二曲は、今となっては切っても切り離せない。どちらが抜けていてもこの曲は傑作には成りえなかったのではないだろうか?そういう意味では、「LET IT BE」アルバムの「アイヴ・ガッタ・フィーリング」に通じるものがある。とにかく何かしんないけど気持ちがいいぜと絶叫するポールの後から、静かに密やかに黄色い太陽について歌うジョンは最高以外の何ものでもない。どうしてこんなにもこの二人の曲は相性がいいのだろうか?それを考えると、何だかとっても悲しくなってくるのは何故だろう?けれど、それもまた別の話だ。
この「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」のプロモーション・フィルムは、混沌とした映像の羅列によって出来上がっている。この曲の鍵となるオーケストラの姿と、大勢の客を招いてパーティーに興じるビートルズのメンバーの姿をランダムに編集して一本のロールが出来上がっている。その客人の中に、60年代のポピュラー・ミュージック・シーンのトップに躍り出た男が映っているのを見逃してはいけないだろう。それはビートルズのプロモにやたら顔を覗かせる、あのイヤラシイを絵に描いたようなミック・ジャガーの事ではない(もちろん映ってはいるけど、いつもの事でしょ)。ジョン・レノンと何やら神妙に語りあう姿がばっちりと抜かれているその男こそ、アメリカが生んだ偉大な才能ロバート・マイケル・ネスミスに他ならない。
一部の人にはマイケルというよりも、マイクと愛称で呼んだ方が馴染みがあるかもしれない。マイク・ネスミスは伝説のバンド・THE MONKEESの一員として、その冠TVショウで世界中のティーンを虜にした人物としても知られる。といっても、マイクはどちらかといえばTVの中では主役ではなかった。マイクの、いやマイケルの舞台はあくまでもレコードの溝の中にある。モンキーズというこのふざけた名前のロック・バンドの人気は、とにかく尋常ではなかった。そしてあまりにも儚かったが為に、とかく馬鹿にされやすい対象になりやすい側面が強い。やれ演奏が出来ないとか、金の為に作られた操り人形だとか、とにかくおよそ正当な評価の対象にはなりえないらしい。確かにそれはその通りだ。ビートルズ人気にあやかって、二人の俳優と二人の無名音楽家を無理くりでっち上げ、アメリカのエンターテインメント業界が持てる力の全てを注いだといっても過言ではない事実がある。けれど、またしても断言させてもらうと、ザ・モンキーズの名で大ヒットを飛ばした幾つかのアルバムは、決定的に60年代の音楽シーンを代表する名アルバム足りえている。モンキーズのアルバムの完成度は、ある側面から見ればビートルズのアルバムのそれを遥かに凌いでいるに違いない。圧倒的なバラエティの豊かさ、粒揃いの名曲が目白押しであり、簡単に言えば50年代から60年代にかけてのポピュラー・ミュージックの歴史を包括した総決算である。底抜けに明るく甘〜いアイドルの王道ともいえるデイビー。ヤンキーの権化ミッキー。お間抜けでいて最もロックを感じさせるピーター。そして無骨なカントリーの魅力に溢れたマイクの四人組は、明らかに計算以上の力を発揮している。これはもはや運命以外の何者でもない、完璧なチームワークであったとも言えはしまいか?彼らの人気は一瞬ではあるが、ビートルズをも確実に凌いだのは某音楽雑誌の人気投票を確認するまでもなく明らかだ。モンキーズは(一瞬に過ぎないが)世界一のロック・バンドになったという歴史は、どんなに泥を塗りかけようが消える事のない事実であるのは認めるべきだ。バンドと言うからそもそもおかしくなるのだ。グループ。そう、グループがいいじゃないか?ジャクソン5みたいなものだよ、要するに。
その中で唯一、本物の音楽的才能を秘めた男がマイケル・ネスミスである。彼の手腕は驚くべき事にモンキーズのファースト・アルバムから既に全開である。アメリカの叡智を結集した楽曲の中にあって、マイケルの手になる「Papa genes blues」の出来は一歩もひけをとらないし、あのキャロル・キングとマイケルの合作「Sweet young thing」はアルバムの顔ともいえる傑作だ。マイケルは1966年の時点でカントリー・ロックを完璧に実現したパイオニアである。カントリー・ロックの祖といえばグラム・パーソンズやボブ・ディランなんかを頭に浮かべる人がいるかもしれないが、例えばグラムがバーズを乗っ取って1968年に「ロデオの恋人」を作り上げたのをカントリー・ロックの走りのように言われる事があるが、あれはどう聴いてもロックバンドが作ったただのカントリー・アルバムに過ぎないし、ロックしているのはクラレンス・ホワイトだけだ。バーズはその後クラレンスを擁して、本当にカントリー・ロックを実現した。二枚組みの「(Untitled)」は私にとっても宝物のようなカントリー・ロックの名盤中の名盤である。一方、グラムもフライング・ブリトー・ブラザースで意地を見せた。「黄金の城」はアルバムとしてのカントリー・ロックの礎と言っても差し支えあるまい。ボブ・ディランに至っては、根っからのカントリー血統からフォーク、そして純粋なカントリーを経てロックに移行した人物でカントリー・ロックとはあまり関係がないような気がする。無論、ディランの凄さはそんなどうでもいい事は言うのも野暮か。ディランはディランというジャンルを持っているのだから。その後もマイケルの才能は衰えを知らず、モンキーズの土台の部分をきっちりと固める仕事をした。そして1969年には自らカントリーの聖地ナッシュビルに赴き、地元のミュージシャンをかき集め録音した「Listen to the band」をシングルとして発表する。カントリー・ロックの初シングル・チャート曲といっても過言ではあるまい。最もマイケルがストーン・ポニーズに提供した「Different drum」をそれとしても構わないが。あれは1968年発表だったよね。ストーン・ポニーズのボーカルであるリンダ・マリア・ロンシュタットはその後ソロに転向して、後にイーグルスとなるメンバーをバックに、やはりカントリーとロックの融合を模索した。この後イーグルスにしろ、リンダ・ロンシュタットにしろ、ポピュラー・ミュージック・シーンにおいて共に頂点に立つのはもはや言う必要もないだろう。一方マイケルは、ペダル・スティールの名手レッド・ローズを相棒に据え、モンキーズに見切りをつけ自身のバンド、そしてソロへと歩み始める。ちなみにモンキーズ在籍のラスト・アルバムには、[Good clean fun」なるブルーグラス・ロック!!の良作が華を添えている。いやはや、本当に凄い才能だ。
モンキーズ脱退後、ファースト及びセカンド・ナショナル・バンドを率いて「シルバー・ムーン」や「ジョアンナ」といったスマッシュ・ヒットを世に出したマイケルだったが、その才能に見合う活躍だったかといえば疑問が残る。そこにはモンキーズというあまりにも大きな存在の負の遺産が、重たくのしかかっていたのも事実だろう。少なくとも、その先はよほどのマニアでなければ、ここ日本では{あの人は今}状態で消え去った元有名人の一人になってしまったようだ。傑作の名に恥じないナショナル・バンド三部作も、「And the hits just keep on comin’」も「Pretty much your standard ranch stash」も「Infinite rider on the big dogma」も「Prison」も、そして最高の本当に最高の「シルバー・ムーン」が聴けるライブ盤「Live at palais」も、どうやらなかなか手に入りにくい状態のようだ。某サイトのユーズド商品で高値で取引されていたりするが、これらの良作は正規の値段で気軽に楽しんで頂きたいし、試して頂きたいというのがファンとしての正直な心境だ。ネットでの不当な高値は、本来野放しにしてはいけない問題ではないのか?コンサートのチケットを観る気もないのに購入してオークションで売りさばく人が少なからず存在するようだが、ファンからすればこういう人々はぶっ殺しても飽き足らない程怒り心頭だという事を興行主にはもっと理解して頂きたいものだ。コンサートのチケットは身元確認を徹底して、転売は原則禁止にする必要があるのではないか?多少の面倒はファンは我慢するでしょ。だって私達は、純粋にただ観たいだけなんだから。他国でレッド・ツェッペリンのライブが10万とか値段がついているようだが、鼻くそに10万払うか?と笑ってばかりはいられないのだよ、私達は。
本当は誰が先とか後とか、そんな事はどうでもいい事なんだけど。少しでも人に興味を持ってもらいたくて、今回は少し頑張ってみました。マイケル・ネスミスが、もっとたくさんの人に知って楽しんで頂ければ、一ファンとしての切なる思いです。世界にはまだまだあなたの知らない名曲がある。もちろん私も知らない名曲がたくさんあるはずで、そういうものの情報交換がインターネットの一つの大きな力なんでしょう。あなたの{好き}を教えてください。私の{好き}は今日の所はロバート・マイケル・ネスミスでした。ここまで読んでくれたあなた。本当にありがとうございました。
で、「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」のジョンとマイケルは、一体どんな話を交わしていたんでしょうか?共に身動きもとれない人気者同士、世間の悪態でもついて気晴らしをしていたのかな?今度一緒にアルバム作ろうぜなんて、社交辞令を交わしていたとか?ジョージのやつ、パティをクラプトンに寝取られやがったなんて、少し笑っちゃってたとか?いやぁ、想像が膨らむなぁ。映像の力は素晴らしい。記録として残るだけではなく、こうしていつまでも人を楽しませる力を持っているんだもの。そうではないか?
「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」 1967 イギリス
音楽・主演 ザ・ビートルズ
出演 ロバート・マイケル・ネスミス

