DARK TALE OASIS

主に映像作品にふれて、思った事を書いていきます

「エミリー・ローズ」を思う

  映画の冒頭に{この映画は実話です}といった類の言葉が並ぶ映画はけっこうあります。これは総じて、実際にあった出来事をある人の視点からなぞってみた作り話ですという意味です。当たり前の話ですが、どんなに事実に正確に近づけようと試みた所で、映画は虚構でしかありません。「エミリー・ローズ」は作り手が悪魔の存在を強く信じているのがよく分かる作りになっています。或いは、そうした方が金が稼げるはずだという信念が見受けられます。しかしながら、監督の撮りたかった映像はあくまでもエミリーに起こった怪異現象を再現した部分であるのは明らかで、法廷を舞台にした物語本来の部分の方が負けてしまっています。これはちょっとしたジレンマとなって、作品の質を貶めている要因になっています。映画の大部分を占めている骨子である部分に監督が興味がないのですから、映画全体としては妙にしまりがありません。どんなに目新しいアイデアであっても、これではいかんせん中途半端な感は否めません。いいところに目をつけたのに、それを活かしきれなかったのは残念というしかありません。
 悪魔祓いというと、神父が出て来てふんがーふんがーみたいな想像をしてしまうものですが、それはもちろん「エクソシシト」という映画の影響でしょう。日本にも狐憑きとかいろいろあるとおり、本来はキリスト教の専売特許ではありません。動物が生きていくうえで重要な要素として恐怖という概念があるわけですが、中でも人間は恐怖を際限なく膨張させてしまう優れた脳を持っています。人間の歴史は常に恐怖との戦いだったわけで、現在こうしてぬくぬくと生活していられるのも先人達が一つ一つ恐怖の対象を消していってくれたからに他なりません。しかしながら、恐怖は次から次へと手を変え品を変え人間の前に立ち塞がるわけで、いたちごっこの様相を呈しています。裏を返せば、人間は恐怖なくして生きられないとも言えます。実際、恐怖という感情がなければ、人間はとっくの昔に滅び去っていたはずの弱弱しい動物なわけです。臆病者とか言われ蔑まれている皆さん、あなた方は実に正しい人間なのですよ。ただし、度を越しすぎると人としてまともな生活を送れなくなってしまいます。私達は常日頃から、恐怖を生み出しては自身の精神によって浄化或いは昇華するという行為を繰り返して正常を保っています。つまりは、人類とは押しなべて悪魔憑きであり、悪魔祓いをも自ら演じているのです。自身が産み出した怪物を自身で退治出来なくなってしまったとしたら、それはとてつもない恐怖となって人の精神を蝕み始めます。そこで登場するのが、科学的根拠に裏づけされた医師なのですが、まだまだ医学では足りない部分が世の中にはごまんと残っているのですから堪りません。その道のプロであるエクソシスト達(そのほとんどが金目当てのインチキ商売であるという現実をお忘れなく)の登場は、必要不可欠なのかもしれません。「エミリー・ローズ」で描かれる神や悪魔が実在するかどうかなんて、この際問題ではありません。日本人の私に言わせてもらうならば、どっちだっていいじゃんそんなの、といった感じです。問題なのは、精神のバランスが崩れてしまった時に、私達は一体どう対処すればいいのだろうかという事です。正直、私にはわかりません。ただそうならない事を祈るのみです。
 エミリーは悪魔祓いに失敗してしまいました。悪魔祓いに失敗したのは、医師によって処方された薬が原因だなんて意見も映画の中で告発されています。そして、エミリーは世の人々(はっきり言って、一部の人達限定ですが)の為の{犠牲}となって死んでいく運命を選んだという結末になっています。映画の最後に{エミリーに花を捧げにくる人達が後を絶たない、うんぬん}との字幕が・・・。この辺は、もうほとんどの日本人には全く興味がない話になってしまい、どうにもおいてけぼり気分になりますね。この映画は布教活動には一役かえない代物です。何しろ悪魔はむっちゃ怖いみたいです。そしてキリスト教の神は、むやみに人を助けてはくれないようです。この映画の根本にある主題は、悪魔は現実に存在すると人々が認めれば、即ち神も存在すると認められるという仮説みたいです。聖母マリアが、エミリーにそれを強要するのです。敬虔な信者であるエミリーにとり憑いた悪魔を、自分の存在を強固に示す為に聖母様はいいように利用しています。この図式はとてもよく理解出来ます。悪がなければ善もなくなります。光あるところにハゲ(失礼)影があるわけです。うがった見方をすれば、神と悪魔は一心同体で、人間を自由気ままに弄んでいるようにも見えます。何故そこまでして、人は神を信じなければいけないのでしょうか?何を信じるかは、個人の問題です。八百万でも一神教でも、宗教の自由は日本国憲法でも保障されています。日本人自体も、その点では実に寛容な気がします。素晴らしい事です。私達の生活の場には、いろんな神様がもうぐっちゃぐちゃに入り乱れています。仏壇を拝みながらも首にはクロス。こんな事は当たり前です。これは別に悪い事ばかりであるとは言い切れないのではあるまいか?過ぎたるは及ばざるが如し。強すぎる信仰が人を不幸にするのは本末転倒であるにも関わらず、その本末転倒が世界には横行しています。一つの事を頑なに信じるという事は、それ以外の事を拒絶するしかないのでしょうか?エミリーの犠牲は、とても儚い犠牲なのかもしれません。サクリファイスを生かすも殺すも、ようは私達の心持一つであると、今更ながら思わせられる映画でありました。
 去る5月20日。東京競馬場に於いて第68回オークスが開催されました。新しく改装されて美しく整備された東京競馬場を舞台にした最初のクラシック・レースです。晴れ渡る空に、緑のターフは実に綺麗に光り輝いて見えました。フルゲート18頭の牝馬達が、今か今かと逸る気持ちを滾らせています。G1のファンファーレ。スタンドがどよめきます。あなたの夢はどの馬でしたか?私の夢はゼッケン2番ローブデコルテに託されていました。レースは大方の予想通り、直線での瞬発力勝負になりました。道中じっと折り合いに専念し、最後の直線にその力を溜め込んでいたローブデコルテは、一番人気ベッラレイアに肉薄。写真判定の末、ローブデコルテがハナ差で差しきった所がゴールでありました。3連複の配当金が一万とんで450円。ありがとう、ローブデコルテ。ありがとう、ベッラレイア。そして、ありがとう、ラブカーナ。あなた達の頑張り、決して忘れません。競馬は夢。競馬はロマン。そして、競馬は金。私はその時、神の御姿を見たのかもしれません。断言しよう。その時神は、福沢諭吉の顔をしていたと。



  「エミリー・ローズ」        2005   アメリカ
 監督  スコット・デリクソン
 主演  ローラ・リニー     トム・ウィルキンソン


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  • 2007/05/25(金) 01:50:33 |
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