DARK TALE OASIS

主に映像作品にふれて、思った事を書いていきます

いゃあぁぁぁぁぁぁああぁおうっ「Gillan’s Inn」を思う

 かつてジーザス・クライストだった男・イアン・ギランが音楽活動四十周年を記念して、自身の膨大な貯蔵庫から適当に選び出した楽曲を新録して収めたアルバム「Gillan’s Inn」。どうもここ日本ではイアン・ギランの人気ははなはだ低く、まるでリッチー・ブラックモアをDEEP PURPLEから追い出した悪玉のように呼ばれ、ここ数年の歌唱力のとてつもない衰えも手伝って、その評価もうなぎ下り(笑)の様相。もはや私の耳には、イアン・ギランを擁護する声は全く届かなくなって久しい。イアン・ギランって、そんなにダメですか?あぁそう。ダメなんだ(笑)
 イアン・ギランはジャベリンズ(ムーンシャイナーズでもいいけど)なるセミ・プロ・バンドからヴォーカリストとしてのキャリアをスタートさせ、エピソード6に加入してプロ・ミュージシャンの道を歩む事になる。この英国中堅ポップ・ロック・バンドは60年代中期に9枚のシングルを発表するも、チャート的には全く成功せずに終わってしまった。イアン・ギランはオリジナル・メンバーではないものの、メンバー内唯一の作曲家であったベースのロジャー・グローヴァーと曲作りを始め、その後バンドに加わったドラムのミック・アンダーウッドと共に後期エピソード6の要となり、バンドは徐々に形を変えつつあった。そこへ舞い込んだのがDEEP PURPLEへの加入話であるのだが、リッチー・ブラックモアとかつてアウトローズで共に活動していたアンダーウッドがその橋渡しをしている事からも、バンドとしてはもはや袋小路に嵌まり始めていたと見ていいのだろう。ソングライター・コンビが抜けてしまったバンドは、ジョン・ガスタフスン(後にギラン、ロキシー・ミュージック等で活動)とピーター・ロビンソン(後にブランドXやフィル・コリンズのバンドで活動)を加えてしばらくは活動するも、あっけなく解散してしまう。ちなみに、アンダーウッドとガスタフスン、ロビンソンの三人がエピソード6解散後に結成したのがクォターマスだが、それはまた別の話。
 DEEP PURPLEについては、今更何を言う事もないわけで、とにかくイアン・ギランはどでかい成功を掴む事になる。「DEEP PURPLE IN ROCK」は、現在も脈々と流れるハード・ロックと呼ばれるジャンルの礎になるアルバムであり、ギランという野獣と黒衣の男の見事なマッチングで、ハード・ロックの醍醐味を芳醇に味合わせてくれる名盤として現在もなお売れ続けているアルバムの一枚だ。この中の一曲「Child in time」が、ギランにもう一つの道筋を見出す。「キャッツ」「エビータ」「オペラ座の怪人」と、現在では泣く子も黙るミュージカル界の巨人アンドリュー・ロイド・ウェーバーの「ジーザス・クライスト・スーパースター」のジーザス・クライスト役という大役の話がそれだ。ギランは舞台、そして映画でのクライスト役も望めばその手にしていたわけだが、ここではオリジナル・レコード盤への参加のみに止まっている。この時のギランの歌声は、ウェーバーの輝かしい全記録を収めたBOXセットでも聞けるので、興味のある方はぜひ耳を傾けて欲しいものだ。ギランのヴォーカルは豪快で野性的であり、実に見事というしかない。「ジーザス・クライスト・スーパースター」という曲は、ギランの為にある曲だと言っても過言ではあるまい。この時点では、ギランはDEEP PURPLEにこそ魅力を感じていたわけで、実際ウェーバーに対する印象もよくはなかったようだ。ギランの血が、だくだくと身体を流れるロック馬鹿の血が、ウェーバーの洗練されたロックもどきの音楽にNOを突きつけたのだから、実に爽快だ。余談だが、ギランには後に「エビータ」への参加要請も舞い込んでいるのだが、これも当然のように断っている。ギラン恐るべし。まさに天才と馬鹿は紙一重である。
 自分の道は自分で切り開くとばかり、DEEP PURPLEのフロントマンとして傍若無人の未来を描いていたギランではあるが、思わぬ所に人生最強の敵が潜んでいたのに気づくのはもう少し先だった。昨日の友は今日の敵。リッチー・ブラックモアという男の捻じ曲がった性格と、イアン・ギランの無茶苦茶振りに折り合いなどつくはずもなく、DEEP PURPLEは人気の頂点を目の前にして戦線離脱を余儀なくされる。ギランは脱退を決意し、最後の日本公演での{The end,Good bye}の声は、悲しくも切ない響きとして心を打たれる。ここ日本において絶大な人気を獲得しているリッチー・ブラックモアの言い分ばかりが正当な意見として取沙汰されているのは、大きな間違いだと私は敢えて言いたい。このブログ内で何度も言及している通り、私はリッチー信者の一人ではあるが、リッチーが言っている事は多分にその場限りの思いつきや感情に大きく左右される行き当たりばったりの発言がやたら多いと感じる場面が結構ある。リッチーの発言は、本来鵜呑みにしてはいけない部分を多分に含んでいるのだ。リッチーは何故あれほどギランを毛嫌いするのか?(または毛嫌いする振りをするのか?)それはリッチーにとってギランが、畏怖すら覚える唯一のヴォーカリストであるからなのではないだろうか?ロニー・ディオにしろ、カヴァーデイルにしろ、ジョーにしろ、歴代のリッチーの相棒で、リッチーが一目置くヴォーカリストは皆無と言っていいだろう。生涯只一人の仇敵、イアン・ギランはリッチーの中でも間違いなく別格であり、当然語気も熱気を帯びて当然なのではないか?DEEP PURPLE再結成のヴォーカルはギランでなければ意味がないと言い切ったリッチーと、あいつはメロディーが歌えないと一方的に壁を作って解雇に陥れたリッチーの二つの相反する心の中には、部外者には計り知れない葛藤が隠されているはずだ。愛すれば愛するほど、憎しみはとめどなく増加していく。もしかしたらリッチーは心の中で確信しているのではないか?イアン・ギランのいないバンドで、ハード・ロックなど演っても意味はない。
 DEEP PURPLE脱退後、実業家への転進を図ったギランではあるが、ロック・スターがビジネスマンとして成功するわけもなく、イアン・ギラン・バンドとして再びスポットライトの下に立つ事となる。皆が期待する音とはかけ離れたインプロビゼイション主体の当初の音楽性は、ギランの心を映し出す苦肉の策だったのではないだろうか?DEEP PURPLEを脱退した男が、ストレートなハード・ロックなど出来るものかという意地のようなものがひしひしと感じられる。しかしそのような気持ちが長く続くはずもなく、イアン・ギラン・バンドは徐々に自身のホーム・グラウンドへの回帰を目指す。「Mr.Universe」はバーニー・トーメというメタル・ギターリストを加え、全英チャートのトップ10に切り込んでいく。続くアルバム「Glory Road」はバンド名もGILLANと改め、僕達のギランが帰ってきた。本国イギリスではリッチーと同等もしくはそれ以上の人気を持つとも言われるギランの言葉通り、GILLANは名盤「Future Shock」で全英チャートの頂点に立ち、レディング・フェスティバルの常連としてロック・シーンに着実に地盤を築きつつあった。この頃バーニー・トーメと袂を分かち、GILLANに新たに加わったギターリストがヤニック・ガーズ(後にアイアン・メイデンに加入)であり、その演奏スタイルはリッチーの影を強烈に感じさせるものだった。この時イアン・ギランが求めていた思いは何だったのだろう?かつてロニー・ディオとグラハム・ボネットが、イングヴェイ・マルムスティーンを熱望した気持ちと、見事にオーヴァー・ラップしないだろうか?リッチーへの思い。あの素晴らしい瞬間をもう一度。思い出とは時と共に都合よく美化されていくものだが、リッチーを知るヴォーカリストはリッチーの影を追う宿命を背負わされるようではないか?「Magic」はGILLANのアルバムの中でも最も充実した内容であったにも関わらず、ギランののどの不調を理由にあっけなくバンドは解散。ジョン・マッコイ他メンバーの怒りはごもっとも、何故ならそれが本当の理由ではない事を彼らはうすうす気づいていたはずだからだ。あの男ともう一度演りたい。ギランは恋する乙女だったに違いない。可愛いぞ、ギラン。
 しかしギラン主導のアプローチは、王様リッチーの気分を害してしまったようだ。ギランは行き場を失うが、捨てる神あれば拾う神ありという世の流れに沿うかのように、ビッグ・バンドへの道が示される。イアン・ギラン、Black Sabbathに加入。これには思わず笑ってしまった人も多かったのではないだろうか?私はこのメンバーでの唯一のアルバム「Born Again」が大好きなのだが、音の酷さもあってSabbathファンにもロック・ファンにもとにかく評判が悪い。しかしここでのトニー・アイオミのギターは、彼の生涯の中で最もおどろおどろしくひたすらヘヴィであるというのは、私の勝手な思い込みではないのではなかろうか?皆がSabbathに抱くイメージに、実は最も近い音がこのアルバムにおけるアイオミのプレイなのではないだろうか?トニー・アイオミ、素敵です。
 リッチーとギランの相思相愛の結果が、DEEP PURPLE再結成第一弾「Perfect Strangers」を聴き応えのあるアルバムとして世間に訴えかけた。時はNWOHMの中、バンドはひとまず景気よくシーンに迎え入れられる。このアルバムは一言で言えば、リッチー主導によるPURPLEアルバムであり、以後一枚毎に主導権が行ったり来たりするのが、リッチー脱退までの再結成PURPLEの受け止め方としては正しいと思われる。これは実はオリジナルのPURPLEのアルバム製作と全く同じ流れだ。王様リッチーの、自分が重宝されていないアルバムはぼろくそ言いたい放題という図式も全く同じ。リッチーの意見が世間の評価に直結する悪循環もまた同じ。ロック・スターは人間として成長しない生き物である事が、儚く証明されている。リッチーが見向きもしないアルバムには、実は名曲が少なからず存在していると思う私のような輩には、これは少々悲しい現実だ。そして、その中には{ギランここにあり}的な楽曲が目白押しだったりする。相思相愛でありながらも水と油でもあるこの二人は、悲劇を演出する為に出会ってしまったハードなメロドラマの主人公であるかのようだ。
 この当時、PURPLEと平行してギランは独自の活動も続けている。ギラン&グローヴァー名義の笑うに笑えない「Accidentally on purpose」は、ギラン史上最大の駄作だが、それでも私はその内の何曲かは十分楽しめた。IAN GILLAN名義の「Naked Thunder」とGILLAN名義の「Toolbox」の二作は、個人的には割りと満足しているし結構聴いていた記憶がある。そこにリッチーがもたらす魔力は当然存在しないが、ギランを楽しむにはなかなかの代物だ。その後のソロ作にしてもリッチー抜きのDEEP PURPLEにしても、どれもこれも大した作品でないのは認めるが、イアン・ギランの魅力は私の中で消える事はない。ステージ上の歩く野獣。その独特の声、独特のシャウト、独特のユーモア、独特のいやらしい笑い方。どこまでもアホであり、どこまでもロック馬鹿であり続けるこの唯一無二のヴォーカリストを、どうして避けて通る事が出来ようか?イアン・ギランは、いついかなる時もイアン・ギランである。この一見単純で当たり前に見える事が、実は実践出来ないのが人間なのだという事実を、私達は忘れてはいけないのではないだろうか?
 「Gillan’s Inn」には、実にたくさんのミュージシャンがお祝いに駆けつけている。DEEP PURPLEは、今やギランの家族のようなものだ。盟友ロジャー・グローヴァーはもちろん、ドン・エイリー、イアン・ペイス、スティーブ・モーズのみならず、元PURPLEからジョン・ロードとジョー・サトリアーニが顔を揃える。ゲストもまたゆかりのギターリストが嬉しい。スティーブ・モリス、トニー・アイオミ、ヤニック・ガースはもちろん、ジョー・エリオットにウリ・ジョン・ロート、ジェフ・ヒーリーも元気そうで何より。皆が素晴らしい演奏をリラックスした中で聞かせてくれる。ディーン・ハワードの名も、私にとっては重要だ。あの中野サンプラザを私は一生忘れないよ。ある意味恋敵のロニー・ディオの参加もある。かつてDEEP PURPLEのコンサートでRainbow in the darkを気張って歌い上げたあの姿は、実に偉大でした。このアルバムにはDVDが付いているわけだが、このDVDがまたしょうもない代物で、そのあり得ないしょうもなさを確認する為にも、ぜひ皆様大枚はたいて買って見て下さい。その怒りの先には、ほんのごく短い間の至福の映像が隠れていたりします。ちなみにジョー・サトリアーニ在籍時DEEP PURPLEのライブも二曲ほど収録されていますが、これがまた(笑)酷い代物で、もっと良いものは探せば世の中ありますよ、みなさん。
 もはや常識の範疇として、このアルバムにはリッチー・ブラックモアは参加していない。リッチーがギランに何らかのアクションを取る事は二度とないのだろう。リッチーにとってはイアン・ギランというヴォーカリストは意識の奥深くにしまい込まれ、今ではインタビューの合間のお約束として笑いのネタにするだけの存在になってしまった。イアン・ギランがリッチーを呑みに誘うのも、これまた考えづらい。ギランは意地でもリッチーに尻尾を振る事は許されない星の下に生れているのだから。しかもDEEP PURPLEを世界と考えるなら、結果的にはイアン・ギランが勝者であり王様なのだ。人の歴史の面白さを垣間見せてくれる一瞬ではないか?今ではイアン・ギランこそがDEEP PURPLEなのだ。その事は別段不思議でもなんでもない。何故なら、イアン・ギランはロック馬鹿であり、DEEP PURPLEというバンドを心の底から愛している世界一のヴォーカリストなのだから。その愛が何を求めているのかは、私達は実はよく知っているはずなのだ。
 「Gillan’s Inn」のレコーディングに、もしイアン・ギランがリッチー・ブラックモアに{一曲さらっと弾いてくれよ、ウハハのハ}と呼びかけていたら、どうなっていたと思います。私はきっと、誰もいない日をわざわざ選択して、リッチーはさらっとソロを弾きに来ていただろうなと、実は思うのです。そういう関係なんですよ、リッチー・ブラックモアとイアン・ギランは。現実とは真実を映す鏡ではない。それは、あなたと誰かの関係でもあるのでしょうね。


   「Gillan’s Inn」         2007   イギリス
 出演   イアン・ギラン
      ギランゆかりの凄腕ミュージシャン達

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://kaigaramax.blog57.fc2.com/tb.php/104-8b7314c1
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

ホームページ アフィリエイト レンタルサーバー 1GB!FC2ブログ(blog)FC2管理用