みんなが待ち望んだ?というのは、かなり横柄な言い分であります。あのインディ・ジョーンズが帰ってきたと、小躍りして胸を高鳴らせた人は当然世界中に確かに存在しているのだろうし、その公開を指折り数えましたと声高に雄叫びを上げる人は間違いなくいるのでしょう。なるほど、「レイダース/失われた聖櫃」という作品が映画産業に巻き起こした影響は、尋常ではないのでしょう。映画という枠でエンターテインメントを語る上で、この作品に匹敵する映画が果たして何本存在するのかというのを考えて見ても、なかなかどうして力作であるのは誰しもが認めて然るべきではないのでしょうか?
「レイダース/失われた聖櫃」が公開された1982年には、ここ日本では同じスピルバーグ印の「E.T.」が猛威を奮っていたわけです。当然、興行収入も「E.T.」がダントツであり、「レイダース/失われた聖櫃」はトップ10の真ん中位だったのを覚えています。まだまだお子ちゃまだった私ではありますが、この結果に大変不満だったのを憶えています。当時、オーパーツだのモケーレ・ムベンベだのに夢中だった私には、ふやけたクソ虫みたいな宇宙人よりも、このわけのわからない異常な考古学者の方が遥かに魅力的だったわけで、その傾向は今でも変わっていません。ちなみにこの年に「レイダース/失われた聖櫃」をものともせずにヒットを飛ばしたのは、「E.T.」に加えて「ミラクルワールド・ブッシュマン」(笑)であり、「少林寺」というマニアにはたまらないラインアップ。他にも「キャノンボール」だの「ロッキー3」だの「マッドマックス2」だの、個人的には一押しの「Uボート」なんてのも公開されました。公開当初はパッとしなかったのに後にビデオになって人気を博した「ブレードランナー」も忘れてはいけない一本と言えるのかもしれません。いやぁ映画って本当にいいもんですね(合掌)的な、まだまだ映画が娯楽として力を持っていた時代であり、その作品も個性的であると感じてしまうのは致し方ないのかもしれません。この後、映画産業は確実に衰退していくわけですが、その根源となる何かを紐解くヒントが、この華々しくスタートを切った80年代に隠されているのは疑いようがありません。もしかしたらその片棒をインディ・ジョーンズ・シリーズも担いでいたという意見を述べたとしたらどうでしょう?個人的には、それは事実であると確信しているわけですが、まぁそれはまた別の話という事で。
一作目の順調な滑り出しを受けて、シリーズ化されるこのインディ・ジョーンズの物語は、右肩上がりにここ日本でも受け入れられます。「インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説」は一作目で後塵を拝した「キャノンボール2」をぶっこ抜き、当時現在の韓流ブーム以上の盛り上がりを見せていたジャッキー・チェン一派の一大プロジェクト「プロジェクトA」をも看破して1984年の頂点に立ち、シリーズ完結編にして80年代の末尾を飾る89年にダントツの成績を残した「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」で巨大な花火を打ち上げました。そして映画界にまた一つ伝説が築き上げられたわけですが、このシリーズに関する個人的な興味は実は真逆であります。「レイダース/失われた聖櫃」に心を奪われた私は、続く「インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説」で大いに失望し、「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」は遂に劇場に足を運びませんでした。三作品全て水準以上の出来であるわけで、面白い映画であるのは当然認めなければいけないのでしょうが、回を重ねる度に私の好みではなくなったというのがその理由でしょう。簡単に言うと、アドベンチャー的要素を加味したオカルト・ホラーだった一作目から、オカルト的要素を加味したアドベンチャー映画へとシフトしたとでも言えばいいのでしょうか。シリーズが進む毎に大衆化され、結果として映画として幼稚になったと言ってもいいかもしれません。スピルバーグとルーカスの作品への力関係の変化及び、スピルバーグ自身の変化も微妙に影を落としているのは否めません。「E.T.」以後、自分の趣味を極力制限して作品を作るようになったスピルバーグの姿勢が(もっとも根がゲテモノ好きの子供である事には変わりなく、その後の作品にも変わらずそれを裏付けるシーンは確実に存在するが)、この類稀なる冒険活劇映画からどんどん毒を抜いていってしまったのは如何なものか。そもそもこのインディ・ジョーンズの世界を形作っているものの根底にあるものはなんなのかといえば、それはオカルトでありホラーを感じさせるミステリーだったのではないだろうか?心霊、怪奇現象、未知の動物達、古代の超文明、魔術といった言葉がかつて放っていた妖しい魅力は、そこに恐怖を禁じえないからこそ子供達は心を奪われていたのではないのか?なるほどかつての007であり名優ショーン・コネリーを担ぎ出し、親子の絆みたいなものを全面に推しだした「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」に人間ドラマの現れを指摘する人は多い。それはもの凄い分かりやすさで人間の姿を描いてみせる事には一見成功しているが、実は人間の内面を映画として抉り出す事からは程遠いのではないかと私は思わずにはいられない。映画という一つの作品が内包する人間の真実みたいなものが、表面的な薄っぺらいものでしか表現出来ない昨今の映画をして、私は常々幼稚であると感じているに過ぎません。子供が好きな物は幼稚であるとか、分かり易いイコール幼稚だとか、クダラナイもの馬鹿げたものが幼稚だとか、そういう事では全くないわけです。
さて、完結したはずなのに最新作が出るのは、二十一世紀に入ってからの新たなトレンドであるわけで、当然我らがインディアナ・ジョーンズも再びスクリーンに舞い戻ってくるのはある意味必然なのでしょう。人によってはせっかく築き上げてきた伝説に泥を塗られるのを嫌がる向きもあるのかとは思いますが、先述した通り個人的にはうなぎ下がりなシリーズなわけで、どんどん泥を塗りたくって頂きましょう状態なわけで、その公開を楽しみにしていた私がいます。その裏にあるのが、{最近本当に観たい映画がなくなったよな}的な気分に彩られているという事実があるのも否定しません。ルーカスとスピルバーグがインディを撮るわけで、ある程度の保証は掛けられているという安心感も何故かありました。スピルバーグが100年を越える映画の歴史上に於いて、並々ならぬ手腕を持った数少ない監督の一人であるのは(好みの問題はさておいて)もはや疑いようがありません。どんなに誹謗中傷を受ける立場であろうと、それは作品を客観的に観れば誰も否定出来ない事実でしょう?違いますか?例えば「レイダース/失われた聖櫃」の公開後、正に「E.T.」の製作途上で衝撃的な死を迎えていたとしたら、この人はある意味神格的な映画監督として(ロックの世界でいうジョン・レノンのような)後世に名を残していた可能性があります。そんな映画監督他にいますかねぇ。それとは別に、インディ・ジョーンズの作品が持っている世界観が映画というメディアに非常にマッチしているという事実もあるでしょうし、それ以上にもはやキャラクターが確立して一人立ちしているのが大きいでしょう。言ってみれば、ルパン三世みたいなもんです。つまんなくても何となく観れちゃうみたいな。
個人的に最も引っかかったのが、クリスタル・スカルという部分でしょうか?実際、今更{水晶髑髏}ですかぁ?的な感想を抱いた人は少なからずいたのではないでしょうか?そういう方々、あんたも好きねぇです。まぁ某遊園地の乗り物との関連もあるのでしょうが、あまりにもベタベタな選択ですなぁ。若かりし頃に本場で何度も並びなおして乗りまくった経験がある私としては、それは触れてはならない部分かもしれませんが・・・。いや、ある意味今回の映画よりも、あの乗り物の方が遥かに面白いとも言えなくもないのではないか?日本にも新しく増設された埋立地の方にあるんですよね?いゃあ久し振りに乗りたいなぁって気分になってきました。それはさておいて、クリスタル・スカルじゃなきゃいけなかったのでしょうか?それが観終わった後も、私の中では大いなる疑問でしたね。別に{失われた聖櫃}の真の秘密でもよかったんじゃないのかな?その方が出演者達ともマッチしてたのでは?
結論から言えば、良くも悪くも見事に前作からの(作品の内容とは関係なく)延長線上にあったわけで、「レイダース/失われた聖櫃」のような喜びは得られなかった私ですが、それでも二時間があっという間で、楽しい映画であったと記憶しています。一ヶ月近く前に観たもので、ラストとかもう記憶が曖昧になってしまっているのですが、まぁそんなもんでしょう。ラストが賛否両論なんですか?別にラストなんてどうでもいいんじゃないですか?そういう映画だし。それにこの手の映画の魅力は、常に謎を追って密林に足を踏み入れる部分にあるのではないでしょうか?そこさえ押さえとけばラストなんておまけでしょ。そうではないか?
「インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国」 2008 アメリカ
監督 スティーブン・スピルバーグ
主演 ハリソン・フォード シャイア・ラブーフ

