DARK TALE OASIS

主に映像作品にふれて、思った事を書いていきます

シャーロック・ホームズ「バスカビルの犬」を思う

 サー・アーサー・コナン・ドイル。
 怪奇幻想小説を量産し、歴史物やファンタジーを好み、晩年は妖精や心霊に傾倒しサーの称号(英国貴族の称号は、作家としての名声とは全く関係のない部分で獲得したものだ)を汚したとさえ言われるこの稀代の作家に魅かれる人は、ここ日本にもかなりの数が存在するのではないだろうか?両親の勧めもあって医師の道に進んだドイルは、余暇を利用してせっせと短編小説を書き連ねた。きっと作家にこそ天職を感じていたのだろう。本業の不振にかこつけて、彼は専業作家へと人生の岐路を振り替える。なるほどファンタジーの世界に住む人間としては、最新科学の場である医学の世界はいささか住みにくい場所であったのかもしれない。それは自身の作品に対しても言える事で、ドイルがショーロック・ホームズの成功を毛嫌いしていたのは有名な話である。現実しか信じない男・シャーロック・ホームズは、作者であるコナン・ドイルにはどうにも好きになれない自分とは正反対の男の投影であったに違いない。ドイルに限らず、作家にとって自身とは正反対の性格を持つ主人公というものは、案外形成しやすいキャラクターであるのだろう。ホームズは思いもよらぬ成功をドイルにもたらし、同時に大変な足枷を嵌める要因にもなる。ドイルはシャーロック・ホームズの抹殺を企て、仇敵モリアーティの手にかかったホームズは滝壺の露と消えるわけだが、熱烈なシャーロキアンはそれを許しはしなかった。シャーロック・ホームズは柔術により危機を脱して、無事に生還してしまう。50を越える短編と4つの長編という苦役を経て、ホームズは引退という形で花道を飾った。肩の荷をやっとの事で下ろしたドイルは、以降は心霊の世界へと積極的に旅立っていった。
 ドイルが妖精の存在を信じて疑わなかった裏には、ケルト民族の血があったのは間違いない。英国又はイギリスという言葉からは何とも判りにくいが、スコットランドとイングランドは民族的に大きな違いがある。極論で言えば、先住民と侵略者ぐらいの違いがあるわけだ。IRAという過激なテロリスト集団が存在する理由でもあるわけだが、それはまた別の話である。ドイルの両親はアイルランドの人であり、スコットランドに移住した後にコナンを生んだ。現在アイルランドといえば熱心なカトリック教徒の姿が思い浮かぶが、元々は日本と同じく八百万の神に近い宗教観を持った自然信仰であり、ドルイドを中心としたアミニズム思想に彩られた民族である。ケルト民族自体はアイルランド固有の民ではなく、ヨーロッパ大陸の至る所に存在していたわけだが、大陸に於いてはゲルマン民族等の台頭によって呑み込まれていく運命にあった。アイルランドだけがその禍から逃れていたのだが、やがてアングロ・サクソンの侵略によって大英帝国が誕生する。ちなみにアイルランド、スコットランド及びウェールズは、ケルト民族の国であり、イングランドだけがアングロ・サクソンの国である。たったこれだけの事実を知っているだけで、イギリスやアイルランド製の映画は楽しみ方が倍増するだけでなく、例えばサッカーの試合なんかも凄く楽しくなったりするわけだ。中村俊輔が活躍するスコットランド・プレミアの雄・セルティックとイングランド・プレミアの雄・マンチェスター・Uの試合は、同じイギリス同士の戦いでありながら完全な他国同士の戦いでもあるわけだ。しかも因縁ともいえる歴史を背負っているのだから、両チームのサポーターが血眼になるのも当然であり必然となる。ユーロ統合の恩恵を受け、アイルランドはヨーロッパ一の貧乏国という不名誉な肩書きを取り外しつつある。その影響もあって、IRAは英国政府との間に休戦状態にある。富というものが人々にもたらす力を今更ながら思い知らされるわけだが、それは日本にも言える事だ。かつて日本は世界でも指折りの治安を誇ったものだが、それもとあるカルト教団の銃弾が治安の要であるトップの要人の身体に撃ち込まれた事件を境に胡散霧集したと言っても過言ではないだろう。近づく世界大恐慌を前に、この薄らボケた平和が一体いつまで続くのかは定かではない。決壊というものは、ある日突然ドカンと来るという事を、私達は忘れてはいけないのだろう。新しい戦国の世が再び訪れないとは、どうして言えるというのか?あのオーストラリアですら、新しい首相の下、大国との付き合い方に距離を置き始めたのだから。世界は刻一刻と移り変わっているのに、ここ日本だけはぐじぐじと変わらずに(むしろ退行しているかのような首相が誕生した)くだらない論争に終始しているのはいかがなものか?世界が大きく変わろうとしているのに、どうして日本だけが変わらずにいられるというのか?この資源の乏しい国で。この食料自給さえままならない国で。技術大国・日本なんて絵空事に、いつまでも騙されているわけにもいかないのではないか?技術なんてものは、資材があって始めて有効なモノではないか?鉄くずや廃品を中国に売り渡している場合ではないはずだ。戦時中の日本は、家庭にあるあらゆる金属を国に提供したものだが、今の家庭にどれだけ有用な資源があるというのか?何事もアメリカ頼みのこの国が、近い将来直面するだろう悲劇にどれほど耐えられるのかは、神のみぞ知るというわけだ。今のこの国にまともな神がいるとは、私には到底思えないが・・・。
時に昨今の日本人の多くは、自分達をして無宗教だと言ったりするものだが、それは無宗教なのではなく自分達の神をないがしろにしているだけの話である。毎年正月になると初詣だなんだと大勢で群れ集まり、苦しくなると神棚に手を合わせたりするこの国の人々の一体どこが無宗教だと言えるのだろうか?日本人は神を信じていないわけではなく、自分達の宗教に対して無知なだけだ。無宗教は無知の代名詞ではないのだから。例えば外国人の人達に、私は無宗教だからとへらへら語るのは、実はとても恥ずかしい行為だという事を忘れてはならない。
 ケルト民族を語る時に、妖精の存在は決して外せないものだ。アイルランドで語られる妖精達の多くは、日本人がイメージするものとは遥かに違うようだ。妖精はどこにでもいるし、いろんな性格を持っている。それはそれとして、コナン・ドイルもまた様々な妖精を身近に感じながら成長してきたのは想像に難くない。晩年にインチキ妖精写真を本物だと断言して失笑をかうエピソードにしても、実に微笑ましいではないか。妖精は実在する。その思いが、コナン・ドイルに想像を絶するイマジネーションを与えた源となったとしたらどうだろう。私たちが現在、コナン・ドイルの作品を読む事の出来る喜びは、遠い異国の妖精のおかげでもあるわけだ。
 「バスカビルの犬」はシャーロック・ホームズの長編としては、最も人気のあるエピソードとして知られている。そこで語られるのは、幻想と怪奇の物語である。広大な沼地に囲まれた舞台設定の不気味さ。100万ポンドの遺産を巡る人間の狂気。とてつもなく巨大で獰猛な魔犬の伝説。倒錯した恋愛模様。ドイルの怪奇趣味が頂点を迎えたかのような物語は、ミステリーの古典として、これからも決して色褪せる事などないに違いない。ドイルの創作したトリックや謎解きは、現在ではいささかインチキくさいまがい物と言われてしまいかねない物が多いが、その事がこれらの作品の価値を貶めるなどという事態はありえないだろう。何故なら圧倒的に面白く、圧倒的に魅力的だからだ。
 名探偵の代名詞でもあるシャーロック・ホームズの名前は、ここ日本では作者コナン・ドイルよりも遥かに有名だ。ホームズは一本立ちして、ドイルの手を離れて今尚颯爽と世界を飛び回っている。新しいホームズの物語。新しいホームズの発見。新しいホームズの快挙。例え物語の隅から隅まで知っていたとしても、どうしても新しいものが作られれば見ずにはいられない魔法のような魅力を持つ英国紳士。最高にして完璧と評されるジェレミー・ブレット亡き後も、見事に復活を遂げた不屈の男。それが、シャーロック・ホームズなのだ。これほどの偉大な男がどのように創造されたのか?それこそが、実は最大のミステリーに他ならない。


  「バスカビル家の犬」              2002       イギリス
 監督  デヴィット・アットウッド
 主演  リチャード・ロクスバーグ       イアン・ハート


今だからBLACKMORE’S NIGHT「PARIS MOON」を思う

  リッチー・ブラックモアの才能が最もいかされるだろう場所として、私はBlackmore’Nightが相応しいのではないか?と、以前書いたような気がする。DEEP PURPLEはクラシックとしてのROCKミュージックの代表的バンドの一つであり、いまだにTVのブラウン管からその響きが絶える事がない。例えそれがDEEP PURPLEの曲だと知らなくとも、日本人はすべからくBurnやSpeed KingやBlack Nightの響きをどこかしらで必ず耳にしているはずだ。知名度が低いとも言われるアメリカにおいても、DEEP PURPLEというバンド名は知らなくても、Smoke on the waterは知られていたりする。それでいいではないか?というのは、本人には承諾しきれない部分なのに違いない。リッチーもかつては(というか、実は今でも)、アメリカで名を馳せたいという欲望を抱えて邁進していた時期もあったのだろう。それはポピュラー・ミュージック・シーンで生きる人間の性でもあるわけだ。腐ってもアメリカこそがショー・ビズの聖地である事に変わりはない。イングランドという古都から新天地アメリカで一旗上げたエリック・クラプトンやジミー・ペイジはおろか、本来格下であるはずのBlack Sabbathにまで追い抜かれてしまったリッチーの心境は筆舌に尽くしがたいものがあるのかもしれない。その思いがROCK史上最強最高のバンドRAINBOWの寿命まで縮めてしまったのだから、人の欲望というのは計り知れない。ルネッサンス音楽にアイデアをもらったある意味スピリチュアルなサウンドを指向したBlackmore’s Nightというプロジェクトは、リッチーの一種の逃げの一手だったとも考えられる。こんなものがアメリカで売れるわけがない。売れるわけがないモノを演っているのだから、売れなくても問題はない。そういう姿勢が、私にはどうしても感じられる。それは何故か?Blackmore’s Nightのアルバムの端々に、まかり間違ってアメリカで売れないかなという欲望の影が見え隠れしているからに他ならない。神も夢を見る。まさにリッチーは、いまだにThe Beatlesやマイケル・ジャクソンに並び立つ存在になるのをどこかで夢見ている少年なのかもしれない。
 リッチーの人気は、ここ日本では(ある年代に限って言えば)いまだ衰えを感じさせない。しかしながら、Blackmore’s Nightというバンドの人気という点だけで見れば、衰えどころか無いものと考えられつつあるような気がする。よくは知らないが、きっと新作を出す度に売り上げは確実に下がっているのではないだろうか?現時点での最新作[Village Lanterne」(クリスマス・アルバム「Winter Carols」は当然新作には数えない)において、元RAINBOWのジョー・リン・ターナーを担ぎ出したのもその為だろう。人間とは愚かな生き物である。アルバムを客観的に聴けば、あれがどれほど邪魔な存在であるかに気づくと思うのだがどうだろう?日本という国はやたら特典をつけたがるきらいがあるが、作品としてのバランスを崩してまでボーナス・トラックを無理矢理入れ込むのは果たしてよい事なのだろうか?どうしても入れたい(或いは入れないと売れないのではないかと不安)なのであれば、ディスクを別にするなりしてくれないものだろうか?映画にも同じ事が言える。DVDになってディレクターズ・カット版だの特別版だのとご託を並べて本編を水増ししている作品をよく見るが、長くなりゃいいのか?と誰も思わないのだろうか?カットされたシーンを復活させたりして長くなった事によって作品の質が上がるのであれば、劇場公開の時に入れておかなければダメでしょ。断言するが、特別版だのなんだのと長くなったバージョンが、本来の形よりもよくなった作品なんてほとんどないはずだ。これは単なる金儲け主義の極みでしかない。確かに大好きな作品であれば、長くなった方がより長い時間その作品に接しられるのだからありがたいという気持ちも分からぬわけではないが、それはあくまでもマニア的な楽しみ方でしかない。初めてその作品に接する人だってたくさんいるわけだから、その作品が最良の状態で見られるのが当たり前なのではないだろうか?特別編だなんだというのは、その作品を極端に好きで好きでたまらないマニアの為だけに存在すればよいのだ。監督によっては、やたら自分の作品をつぎはぎするのに余念のない人がいたりするが、あれは潔くないなぁ。過去は取り合えずいいから未来を見ろよと言いたくもなるではないか。そういうのはThe BeatlesとかLed ZeppelinとかDeep Purpleみたいに、もう終わっちゃって後は消えていくだけの人達に任せておけばいいのではないか?「ニュー・シネマ・パラダイス」みたいに、本来の作品の方が水増しした出来損ないよりも見られる機会が少ないのは、やっぱりどうかしていると言わざるを得ない。おまけが付いたら何でも飛びつくなんて、ただのガキだと言われても仕方がない。ただ、それだけ世の中が細分化してきている表れでもあるのかもしれない。もうDVDとかCDなんてものは、マニアしか買わないのかもしれないなぁとも思うわけだ。楽曲にしろ物語にしろ、基本的な骨組みの部分においては、アイデアはもう出尽くしちゃっているというのが見解としては正しい。そこから何を足してどう表現していくのかが問われているわけだ。ぶっちゃけ映画を語るのなら、チャップリンとヒッチコックを全作観れば、それで映画の全てを観た事になると思っても間違いではないだろう。物事の価値を、どれだけお得であるとか、おまけがいっぱいあるかとかいう点に求めてしまうのは、単純に貧乏人の考え方だ。ボーナスというのは全く予期していない時に突然頂くからよいのであって、日本の会社のように元から年収割の勘定に入っているボーナスというのは、言い換えれば詐欺にあっているようなものではないか?それは何故金持ちは金持ちのままでいられるのかという社会構造の不思議を解き明かす思考であり、ようするに世の中というものは常に金持ちの方が一枚も二枚も上手なのだという事だ。
 リッチーは自分の好きな事をしているのだから、今が一番幸せに違いない。という考え方も恐らく間違っていると、私は思う。ライブ・バンドとして超一流の存在であったDEEP PURPLEやRAINBOWに比べるまでもなく、Blackmore’s Nightのライブというのは貧弱だし学芸会的なアット・ホームさばかりが際立っている。曲によっては、こっちが恥ずかしくなるような出来栄えの時が多々ある。リッチーの真価が発揮されるのは常にステージ上だった事を考えると、これは聞き手側から見ても大問題だ。さよう、Blackmore’s Nightは本来ライブ・バンドではない。それは多くの楽曲がCDで聴く方が素晴らしいという一点で言い表せるほど単純明解な事実だ。それでも数は少なくなったとはいえ、ライブに執念を燃やすリッチーの姿を見ていると、これでいいのかリッチー?とどうしても思ってしまうのは否めない。リッチーはライブが好きで好きで仕方がないのだろう。それを思うと、リッチーが心の底から幸せだとは到底思えないというのが、私の推測だ。それでも、私がBlackmore’s Nightが一番相応しいと思っているのには理由がある。ルネッサンスだなんだと気取ってはいるが、Blackmore’s Nightの音楽というのは、基本的にPOPSだという点もその一つだ。それはリッチーの一番好きな音楽の世界でもあるわけだ。そして世にPOPSほど多種多様な音楽が玉石混交している世界はないという事だ。リッチーの柔軟で幅広い音楽性を、十二分に発揮して尚余りある舞台なのだ。賛美歌だろうが、ヨーロッパ各地の民謡だろうが、19世紀の音楽だろうが、今世紀の流行歌だろうが、なんでもござれというわけだ。リッチーにその気があれば、とてつもなく素晴らしいCDが世に出る可能性がここには確かに存在する。
 Deep PurpleにもRAINBOWにも名盤と言われる作品が存在する。中でもDeep Purpleの「LIVE IN JAPAN」という二枚組みのライブ・アルバムは、歴史に残る真の名盤に違いない。その価値は、自身の数あるスタジオ・アルバムを圧倒的に凌駕してしまう輝きに満ちている。最高のアルバムがライブ盤であるバンドが、世の中に一体どれほどあるのだろうか?それはそれとして、Blackmore’s Nightには名盤はない。少なくとも今の所は。所詮リッチーの才能はその程度だったという見方も出来るに違いない。ヴォーカルが能力を示す事が出来る許容範囲に問題があると責任転嫁するのも、あながち間違ってはいないのかもしれない。個人的には「Ghost of a Rose」が現時点での最高水準のアルバムだと思っているが、圧倒的な賛美を贈るほどのインパクトがあるとも思えない。それでも曲単体でみると、実は素晴らしい楽曲が各アルバムに散りばめられているとも思うのだ。まぁこの点に関しては、私個人の嗜好に合致しているだけなのかもしれないので、挙げ連ねても意味がないに違いないが・・・。
 「PARIS MOON」は、Blackmore’s Nightにとっては二枚目のDVD作品であり、2006年のライブがチェック出来る。このバンドも気づけば十年選手の仲間入りをしたわけで、その点には素直に拍手をしてあげたい気持ちで一杯だ。1997年と2004年のわずか二回の来日公演以外にも、実にたくさんのライブを画面を通じて見続けたバンドの一つでもある。このバンドの真価はヨーロッパでこそ発揮されるわけで、ツアー自体もほとんどが欧州圏でのものだ。それはこのバンドの音楽の根っこに、常にヨーロッパの音楽の歴史が綴られているからに他ならない。音楽というものが慣れであると以前に書いたが、そういう意味ではアメリカや日本には取っ付きにくい部分がバンドの核であるのが、現在のBlackmore’s Nightの日本での受け入れ具合に微妙な影を落としているのも納得が出来る。ルネッサンス音楽に触発された一作目から、ヨーロッパにおけるフォーク・ソングの世界へとシフトを続けたバンドの動向は、欧州の一中堅バンドの姿としてはまことに申し分ないものであった。このバンドが世界のあちこちで一種異端児的に扱われてしまうのは、単にリッチー・ブラックモアがそれだけ一つの世界で名を上げた歴史を持っているという幻想に過ぎない。これはバンドにとっては当然一長一短ではあるが、音楽がどれほど素晴らしくても埋もれて消えてしまうバンドが実に多い現実を鑑みると、とても幸運な事には違いない。一人のギターリストとして、また一人の音楽家として、リッチーがこのバンドで見せてくれた才能は、決して以前のハード・ロック・バンドで見せてくれた才能に勝るとも劣らないものだ。リッチーは退化も減衰もしてはいない。少なくとも私がかつて大好きだったリッチーは、全く変わらずBlackmore’s Nightでも健在だ。音楽の成熟と人気というのは、いつもどこかちぐはぐなものだが、何度も言うが音楽とは慣れなのだ。リッチー・ブラックモアが素晴らしいと思うのであれば、DEEP PURPLEやRAINBOWよりもむしろBlackmore’s Nightの方が、よりはっきりとリッチーの素晴らしさを示す舞台足りえるという私の意見も、あながち的外れではないのではないだろうか?
 十年一昔というわけで、2006年のライブのセット・リストは、どこか1997年の初ライブ(もちろん、あの日本公演だ。リッチーには今一度日本という国の貢献に、思いを馳せて頂きたいものだ)のセット・リストがオーバー・ラップしているような気がしてならない。それは7曲というリストの半数が同一曲であるというだけでもないだろう。バンドが着実にDown to earthした結果であると考える方が利に適っている。問題は払拭されてはいないが、バンドは一先ず一つの完成形を見たというわけだ。そこで思うのだが、もうこのような形のバンド公演は、リッチーには必要ないのではないか?と、私は考えるわけだ。このリッチーの音楽の素晴らしさが最も人に伝わるのは、例えば小さなバーの片隅で、ギターとヴォーカルだけでつつましく演奏された時に開花するのではないかと思うのだ。そしてその瞬間をCDに収めた時に、Blackmore’s Nightの名盤が誕生する気がしてならない。それはリッチーの夢を叶える、一つの道になるのかもしれない。可能性はゼロではないのだ。どんなに可能性が低くても、人は諦めては決していけない生き物なのだから。夢が叶う瞬間ほど、人生で喜ばしいものはないのかもしれない。ただし、それは必ずしも幸せの全てではない。本来、人の幸せは、夢を持ってその為に奮闘している道すがらに零れ落ちているものだからだ。人にとって最高の幸せな時とは、夢を手に入れる一歩前の瞬間にこそ存在するのかもしれないと、私は思うからだ。



  「PARIS MOON」      2007   ドイツ
 Blackmore’s Night
   Candice Night        (vo)
   Ritchie  blackmore   (g)
   Sir Robert of Normandie  (b)
   Bard David of Larchmont  (key)
   Squire Malcolm of Lumley (ds)
   Lady Madeline and Lady Nancy (vo)


   

マスターズ・オブ・ホラー2「黒猫」を思う

 エドガー・アラン・ポーの名前はかなり有名である。日本ではその名前をもじってペン・ネームとした江戸川乱歩という巨人が存在する事によって、セット販売されているような所がある。
 今回ご紹介させて頂くのは、江戸川乱歩全集です。あの偉大なる作家の著作が全てこの一枚のDVDに収められています。へぇー、凄〜い。操作も簡単、パソコンにセットすると自動的にソフトが開いて、後は説明通りにクリックしていくだけ。わぁ〜、文字も大きくて読みやすいし簡略ですね。これなら私のお祖父ちゃんでも使えます。そうなんです。小さなお子様からお年寄りまで、誰でも簡単に楽しんで頂く事が出来ます。さらにモバイル携帯などに、一作品づつファイルをダウン・ロードすれば、時と場所も選びません。(拍手と歓声)でも、それだけ便利だとお値段の方も・・・。心配ございません。なんと今回は驚きますよ〜。19800円。どうですか、皆さん。19800円で乱歩の全てがあなたの物に。(割れんばかりの拍手、ほとんど狂気に駆られたような賛嘆の声)これだけでは御座いません。なんと、なんと、今なら(一呼吸)このエドガー・アラン・ポー全集もつけちゃいます。ええぇ〜嘘ぉ〜(場内拍手喝采、阿鼻叫喚)・・・と、まぁこんな感じでしょうか?
 私が最初にポーの作品に出会ったのが、「黒猫」でした。小学生の頃に夢中で図書館通いに奔走していた私については、以前「江戸川乱歩の美女シリーズ 五重塔の美女」の巻で語りましたが、その流れでたどり着いた一冊でした。正直、その時どう思ったのかは覚えていませんが、そんなにお気に入りではなかったようです。その後再びポーと相見えるのは、およそ5,6年後の古本屋奔走期になる事からも、その事は容易に判断出来ます。ポーを読み楽しむには、まだまだ経験も知恵も足りなかったという所でしょうか?当時の私には、オーギュスト・ドュパンよりも明智小五郎よりも、小林少年率いる少年探偵団の方が、遥かに身の丈にあっていたし魅力的だったわけだ。怪人二十面相なる胡散臭い悪役の存在も、まだまだ威力を持っていたのだから、それは至極当然の様にも思える。ポーは大人の為の娯楽作家である。
 ポーはその先見性及び文学の嗜好から、ご多分に漏れず貧乏な一生を送り、その才能が真に認められるのは死後であるのはご承知の通り。これはH.P.ラブクラフトも同様だ。この二人が現在を生きる作家であったら、一体どれだけの巨万の富を得たのだろうか?しかし貧乏が人にもたらすモノと云うのも当然あるわけで、二人が共にその恩恵を享受したとすれば、それはそれで幸運であったという事も出来るだろう。{金は人の幸せにはなりえない}黴がこびり付いて腐臭さえ醸し出している言葉であり、到底素手で掴むには気が退ける言葉ではあるのだが、そこにも一抹の真実があるという事なのだろう。真の天才の煌めきは、その生死には直結しない。これは世の全ての芸術の世界に共通するもののようだ。これは人間の性格をものの見事に捉えている現実でもあるわけだ。妬み、嫉妬、無知、謀略、裏切り、これらの実際を、天才達は自らの人生を賭して私達に告白しているのかもしれない。
 マスターズ・オブ・ホラーが第二弾に突入して見ると、様々な理由で脱落して行った者達が数多くいるのが窺える。七人が生き残って再び戦場に舞い戻ってきた。葬り去られた五人も、墓場の中で虎視眈々と復活の時を待っているに違いない。そうして新たな血の導入によって、今回のマスターズは新参組VS居残り組による壮絶なバトルともなろう。居残り組に圧し掛かる重圧は、それ相応の物があると見てよいのではないか?その居残り組の中でも、前回のマスターズで著しく充実感を見せていたのがスチュアート・ゴードンであったという意見に異論がある人はどれだけいるのだろうか?ゴードンについては「ペンデュラム」「魔女の棲む館」に続いて、今回三度目の当ブログ登場である。私はスチュアート・ゴードンが大して好きでもない監督であるにも関わらずだ。おぉぉであり、なぬぬぬなのだ。恐るべしゴードン。そして、今回の作品「黒猫」に対しても、おぉぉであり、なぬぬぬなのだから本当に頭が下がる。これは見応えのある作品だし、この作品についての基礎的な知識を持っていればいるほど楽しめる、ゴードン初の一級品の作品と呼んでもいいのではないか?並々ならぬ究極の単一指向性で自身のフィルモグラフィーを積み上げてきたゴードンが、遂にその極みに達した記念すべき金字塔と言うのはさすがに照れくさいが、少なくとも私にはゴードンって力量を持った監督だったんだなぁと、しみじみと感慨に浸らせてくれた良作であった。
 「黒猫」というからには、ポーの「黒猫」が原作になっているのは当たり前だが、ここにポー自身の人生を組み合わせるという発想が、この作品を格段に面白くさせている要因だ。なるほど「恋におちたシェークスピア」や「アマデウス」を例に挙げるまでもなく、実在の人物のあるエピソードを勝手に自己解釈して物語をでっちあげるのは、別段珍しい話ではない。けれど発想自体を評価するのは、映画それ自体を評価するのとは全く違うわけだ。これもよく映画の評論のような物で提議される話題なのだが、単純にこれはあの映画のここをパクっているとか何とかというのを挙げ連ねる事に自身の存在意義を見出している方がおられるようだが、それって私にしてみればどうでもいい事なのであります。パクってこそ人生。うまくパクれば拍手喝采、へたをこけば監獄行き。何度も書いた気がするが、世の中ゼロから生れる物などないのですよ。子供が、男と女の{めっかっちゃった}的な事の繰り返しによって生じた副産物であるように、映画もまた幾多の作品のアレンジに継ぐアレンジの歴史というのが妥当である。どこかの映画みたいに、パクっておいてセリフで「あっ、これって何々じゃん」という愚劣な行為は確かに頂けないが、例えばルネ・クレールの「自由を我らに」をチャップリンが「モダン・タイムス」でパクッた件にしてみたって、個々の作品を楽しむ分には何の問題もないわけです。クレールも当初こそチャップリンを告訴して怒りを顕わにしたのだが、やがて二人は和解する。その時のクレールの言葉は{私もチャップリンから多くのものを学んでいるから}だった。まさに人生とは、大きな円環のほんの一部に過ぎないという事か。人は互いの長所を盗み盗まれて成長していくものなのだ。ただし忘れてはいけない事は、ただパクるのではダメだという実に当たり前の事なのです。音楽を演る者でいえば、楽譜に書かれた通りに或いは完璧に名人のコピーをする事に命を賭けるような演奏者は、どんなにうまく演奏をしようとも永遠に評価される事などないという事実がある。子供の発表会を卒業して、自らの信じるままに音を紡ぎだした者だけが、真の演奏者たる資格があるというわけだ。実際、技術なんてへたくそでもいいんですよ。そこに個人の心意気が存在すれば、誰かがきっと肯いてくれるのではないか?ジーサス・クライストの教えを信者達が信じ続けたように、歴史に残る芸術家達の優れた作品を必死になって後世に残そうと考える人がいるように。天才は得てして孤独なものだが、たくさんの人の思いが天才を支えているのは間違いのない所だ。無償の愛を惜しげもなく捧げる人が存在し続ける限り、天才はその才能で全ての人類に大きな愉悦を与えてる為に自分の命を削り続けるのではないのだろうか?もしあなたが、誰からも思われていない寂しい人だというのなら、きっとあなたはもう死人なんだよ。逆に言えば、あなたが生きているというならば、どこかで誰かがあなたを愛してくれている証なのではないのだろうか?それは数の問題ではないはずだ。顔と名前しか知らない友達が何百人いようと、そんなものはゼロに等しいと本当はみんな知っているのだから。そのようにしか人と接する事が出来ない人は、とても虚ろで寂しい可哀相な人に違いない。寂しい人達が多い国に、人間の幸せなど根付くわけもないではないか。
 ゴードンは居残り組の一員として、まずワンポイントを稼いだ。新参組の鶴田法男がポイントを落としまくったので、随分と点差が開いたバトルになってしまったのかもしれない。しかし、まだバトルの狼煙は上げられたばかりである。他の新参者がポイントを大幅に稼いでくれるかもしれないし、居残り組から大馬鹿者が出る可能性だって往々にしてある。チームとして作品を鑑賞するのも、このようなプロジェクトの楽しみ方の一つと言えるのではないか?駅伝の楽しさは、人生の楽しさと同義だ。人は助け合うから人なんだね。


  「黒猫」          2006 アメリカ
 監督  スチュアート・ゴードン
 主演  ジェフリー・コムズ     エリス・レヴェスク

「ミュールスキナー・ライブ」を思う

  常に控えめで、目立たぬよう目立たぬように60年代から70年代初頭にかけて、その才能を他人の為に注ぎ続けた一人の天才ギターリストをご存知だろうか?
 彼の名はクラレンス・ホワイト。ここ日本においての彼の知名度は、不当に低すぎる気がしてならない。世に天才ギターリストは数多いるが、真の意味での天才は一体どれほどいるのだろう?ジャンゴ・ラインハルトの名前は当然そこに刻まれるだろう。パコ・デ・ルシアも入るに違いない。ウェス・モンゴメリーも、その圧倒的知名度に敬意を表して含まれてもいいに違いない。ロックというジャンルにおいては、ジミ・ヘンドリックスの名前を加えてもいいかも知れない。彼らに共通する点は、革新的な意味での真のパイオニアでありオリジネイターであるという点だ。そこにクラレンス・ホワイトの名前が加わることに、一体誰がNOと言えるというのだ?彼もまたその世界において、唯一無二の天才であったはずだ。
 ブルーグラス・ミュージックという言葉が、日本では一部のマニアにしか通用しないのはどうしてだろう?そもそもカントリー・ミュージックが、ここ日本では妙な偏見に満ちた感覚で語られる現状がどうしてなのか、私には分からない。戦後の音楽評論家やメディアは、一体何をしていたのだろうか(というか、したのだろうか)?人によっては、カントリーって日本で言う所のアメリカの演歌でしょ?なんて言ったりする。古くからその地の人々の間に浸透していた流行歌という意味では、当たらずも遠からずなのかもしれない。けれど、カントリーは別にアメリカの音楽ではない。オーストラリアでもカナダでもミュージック・シーンにおいて、きっちりと売れ続けている現在進行形の音楽である。つまりはヨーロッパから海を渡った移民の国では、等しく栄えている音楽である。現在でもアメリカでは、最も集客力があり最も金を稼ぐ音楽のジャンルの一つなのだ。アメリカで音楽によって大金を稼いでいる上位の人物を挙げてみれば、カントリー人脈がどれだけ力を持っているか分かるだろう。現在ポプュラー・ミュージック業界において、ヒップホップ系の音楽ばかりが売れているのは先進国ではどこも似たようなものだが、カントリーは確実にアメリカでは現在も変わらずドルを吐き出しているのだ。それは凄い事だと思わずにはいられない。
 カントリーのルーツを探ると、アイルランドという国が浮かび上がってくるのは、もはや基本中の基本ではないだろうか?カントリーにおいて花形の楽器は何か?ギターだろうか?バンジョーだろうか?私はフィドルではないかと考える。フィドルとはヴァイオリンの事だ。人気のあるミュージカルで映画化もされた「屋根の上のヴァイオリン弾き」の原題は「Fiddler on the roof」だ。辞書を繰れば、ヴァイオリンの俗語、蔑称といった言葉が目に入る。この楽器の歴史はもの凄く古く、何百年も変化もせずに弾き続けられてきた実に驚くべき楽器だ。日本ではおよそクラシックの場でしか目にする機会がないのだが、本来フィドルはもっと手軽に家庭でパブで誰もが親しんでいるありふれた楽器の一つなのだ。フィドル・ミュージックの歴史は、ヨーロッパと新大陸を繋ぐ壮大な歴史のごく一部に過ぎない。しかしポプュラー・ミュージックの歴史に焦点を絞った時には、とてつもない巨大な潮流として決して目を逸らす事の出来ない事実として私達の前に立ちはだかるに違いない。「タイタニック」という映画で、実際私達はその歴史の一端を見せられているはずだ。タイタニック号の船底で、人々の不安と憂鬱を吹き飛ばす為に、希望と明るさを鼓舞する為に、フィドルがどんなに力を発揮したのかという事を。
 やがてフィドルよりも安値で演奏が簡単な楽器であるギターが台頭してくるわけだが、ギターというのは実際もの凄く多種多様に進化した楽器である。ギターと一口に言っても、それぞれ使われるジャンルによってかなり違うという事を、日本人のどれくらいが理解しているのだろうか?ガット・ギター、スパニッシュ・ギター、アコースティック・ギター、フォーク・ギター、クラシック・ギター、ホロー・ギター、セミ・アコースティック・ギター、ソリッド・ギター、ドブロ・ギター、ペダル・スティール・ギターなどなどなど、他にもたくさん呼び名があるギターだが、どれとどれが同じ物を指す言葉でどのような形状及び仕様上の違いがあるのか、あなたは全て答えられるでしょうか?そんな事はどうでもいい知識なわけですが、ギターという楽器がカントリーにおいて当初は伴奏の為に使われていたという事実が大事なわけです。これはJAZZでも同じです。ビッグ・バンドの時代において、ギターのソロなんて聴衆に届かないわけですから、JAZZにおいてはリズム楽器でしかあり得なかったわけです。ギターをリード楽器として使用する道を開いたのが、エレクトリック化という技術でした。ギブソンのES−150を引っさげて、チャーリー・クリスチャンがJAZZの分野で新しい道を示したわけですが、それはまた別の話だ。
 一方カントリーにおいては、フィドルやフラット・マンドリンというリード楽器がそもそも花形だったわけで、やはりギターは伴奏こそが天命とされる運命にあった。だが、インストルメンタルから歌手の時代に至っては、歌手のお供をしたのは主にギターだったわけだ。ここでも歌の伴奏には違いないが、ギターはいろいろな奏法が編み出されて着実に進歩していく。フィンガー・ピッキングからフラット・ピッキングへの流れの中、かの有名なカーター・ファミリーが登場する。メイベル・カーター(女性ですよ、女性)が紡いだ独特の奏法は{カーター・ファミリー・ピッキング}と呼ばれ、ギター奏法の一つの定番になっていく。
 そんな中、ケンタッキーの地でアコースティック・ストンプ・ミュージックが生まれ、そこから一人の才能が全米を揺るがす存在になる。ビル・モンロー&ブルーグラス・ボーイズの登場だ。ボーイズのメンバー交代の中、スクラッグス&フラットが参加して録音されたものが、今日のブルーグラスの基礎を築く礎になった。ブルーグラスってどんな音楽?少しでも興味をもたれた方は、その耳で聴いて頂きたい。百聞は一見にしかずではないが、音楽は耳で聴かない事には何を言っても意味がないわけです。
 「ミュールスキナー」とはバンド名ではない。というか、このメンバーは別にバンドを組もうと集まったわけではないからだ。70年代初頭、西海岸で製作を予定していたブルーグラス・ライブのTVプログラムに、出演する為に偶然集まった若手ブルー・グラッサーの面々だ。もちろん各々は名うてのグラス・マンなわけだから一緒に仕事をした事がある者もいただろうし、少なくとも全員がその名前を知っていたはずだ。第一部に御大ビル・モンロー&ブルーグラス・ボーイズが演奏し、第二部でこの若手の面々がセッション参加するという構成だったらしい。けれど、ビル・モンローが交通事故により出演出来なくなり、急遽集まった若手の面々だけでライブを敢行し、TV番組は救われた。ビル・モンローには申し訳ないが、これは神が与えてくれたベストの選択となった。ここで繰り広げられた名演は、ブルーグラスのそれを越える音楽として歴史に名を残すべき名演となったからだ。ビルがいては、ここまで自由な演奏は望むべくもなかっただろう。本人達もそれは確実に感じ取ったようで、このメンバーはその後数回集まってはライブを行ったようで、その流れで一枚のアルバムが製作された。そのアルバム・タイトルが「ミュールスキナー」である。既に名うての音楽家として当時流行のロックの分野でも活動していたこのグラス・マン達の演奏は、ロックとブルーグラスという過去と未来のジャンルをものの見事にミックスする事に成功している。なんて芳醇で濃厚な音楽なんだろう。このアルバムに針を落とす度に、私は興奮で身体中が勃起してしまうかのようだ。メンバーそれぞれの技術も完璧で、「ミュールスキナー・ブルース」にしろ、「ソルジャーズ・ジョイ」にしろ、「ブルー・ミュール」にしろ、もう御大のオリジナルはおろか誰のカバー・ヴァージョンも、もう聞いていられない程に魅力溢れた作品として完成してしまっている。クラレンス・ホワイトはここでも控えめに目立たぬように静かにロックしているが、この才能が目立たないわけがないではないか?このアルバムほどの革新性も迫力も、このTV版の演奏ではまだ聴く事は出来ない。いわば偶然のセッション・ライブだったのだから、それは当然の事だろう。人間はそんなに器用ではない。それは天才が何人揃おうと変わらないに違いない。バンドのグルーブというのは、メンバー間の相互理解から生まれる巨大な波なのだから。それでもこのTVプログラムが価値を失う事は、人間がこの世から滅亡してしまうまでないだろう。この映像は、一つのビッグ・バンの瞬きを捉えた感動的な稀に見る奇跡の記録だからだ。
 傑作「ミュールスキナー」が発売された1974年。クラレンス・ホワイトは既にこの世の人ではなかった。たった29年の生涯。29歳ですよ。無念だ。悔しいなぁ。私の寿命が授けられるのならば、喜んで捧げたろうに。それが世の為人の為というものではないか?
 クラレンス・ホワイトが何故革新的なのか?クラレンス・ホワイトが何故唯一無二なのか?ケンタッキー・カーネルズの輝きは?後期バーズの素晴らしさは?60年代から70年代のポピュラー・ミュージック・シーンに、クラレンス・ホワイトが参加した数々のセッションがもたらした功績は?クラレンス・ホワイトに関して語れるこの幸せを、たった一度の文章なんかでどうして終わらせる事が出来ようか?それは永遠に続く大いなる円環の一部でしかないのだから。慌てない慌てない。一休み一休み。


  「ミュールスキナー ライブ」    1973    アメリカ
 A POTPOURRI OF LIVE BLUEGRASS JAM
    クラレンス・ホワイト   (lead guitar)
    デヴィット・グリスマン  (mandolin)
    リチャード・グリーン   (fiddle)
    ビル・キース       (banjo)
    ピーター・ローワン    (vocal & guitar)

別冊読みきり 「演技についての私的で密やかな推察 又は日本人は如何にして心配するのを止めてアニメを愛するようになったか」を思う

 映画の批評めいた文章に、たまに誰々の演技は良いとか悪いとかという類の文を採用している人達がいるが、あれが私にはよく分からない場合が多々ある。
 少なくとも映画の俳優において、いわゆる何かを演じるみたいな役者の勝手な思い込みによる動きというのは、邪魔以外の何物でもない。映画の俳優というのは、将棋の駒と同じものだと私は考えているからだ。理想を言えば、監督が思った通りに自由自在に動かせる操り人形であるのが、映画俳優の理想形である。そうしたあるがままの肉体としての自然さ、言い換えれば俳優個人の個性のようなものを完全に消し去り、ただの生きたマネキンになれる俳優こそ、最も優れた映画俳優の資質を持った人物だという事だ。
 そういう意味では、昨今のCG技術の発展は、非常に有用な部分もあるという言い方も出来るだろう。CGによって生み出されたヒト型が、人間と何ら遜色のない動きが可能になった時、それは映画俳優という商売が霧散する瞬間でもある。それはある意味、監督を志すものの究極の願いでもあるわけだが、私は楽観はしていない。CGがどんなに優れた技術を携えたとしても、所詮それは機械で書かれた絵に過ぎないという事だ。これはアニメーションの限界でもある。アニメ映画は、日本においては収益の面でも人気の面でも、信じられないくらい高い位置を占めているが、それは本来間違いだ。言葉は悪いが、アニメなんてものは、そもそも映画においては最も下層レベルにあってしかるべきものだと私は認識している。左様、確かに面白いアニメというのは世に幾らもあるし、場合によっては生身の人間が演じているドラマよりも数倍面白い発想なり筋立てなりを有している作品もあるかもしれない。私にとっては「機動戦士ガンダム」がそれに近い存在だ。けれど、所詮絵だという断固たる事実を認識してしかるべきだろう。日本におけるアニメの位置は不気味なほど高い。本来アニメで表現されるべき、大人と子供が一緒になって楽しめる類の作品が、日本にどれだけあるというのだろう。日本のアニメは不必要にエロすぎるし、不必要に暴力的だ。これは子供が見るという視点を、間違いなく無視している。ここでも日本人特有の、大人が子供のおもちゃを取り上げる現象が起きてしまっているのだ。言い換えれば、いい年齢をした子供が増大しているという事だ。これは当然怖ろしい事態であり、日本人はそろそろアニメというものに対して大幅な規制を設けるべき時期にきているのだと思う。海外では日本製のアニメに対して嫌悪感なり危機感なりを感じている人達が少なからずいる。「ドラゴン・ボール」は子供の教育に悪いのではないか?という声に、私は胸を張って{そんな事はありません}とは言えない。日本人は麻痺して分からなくなってしまっている部分が、少なからずあると思うからだ。日本の常識は世界の常識ではありえなし、日本が世界から見て住みよい国だというのであれば、少年少女達がこんなに毎年毎年自殺するのは何故なのですかと問いたい。世の中が不穏な空気に包まれているのは、無論アニメが直接的な原因とは言えないのかもしれないが、そこにも根本的な萌芽の兆しは間違いなくある。一番の問題は、この国の人達が、一つ気に入ったものが見つかると、それ一点に異様に執着してしまうという性癖だ。社会のあり方が、この国の人にそうならざるをえない状況を生み出しているのかもしれないし、一概に個人を告発する事は的を得ていないのかもしれないが、ようするにバランス感覚の欠如した人間があまりにも増えてしまったという事だ。アニメそれ自体が問題なのでは当然なくて、行き過ぎてしまった描写と、本来は子供が楽しむべき領分であるのがアニメの本懐だと思うのだ。少なくとも親子が一緒に楽しめる物が普通なのではないのでしょうか?子供なんていうのは、本来馬鹿でわがままで生意気なしょ〜もない生き物なわけです。だからこそ、しっかりと大人が面倒を見る必要があるわけだし、それはただ単純に食べさせて生きながらえさせるという意味ではないわけです。規範となる大人が子供と一緒になってギャーギャーやってるのは、どうした事かと思うのです。親と子は、絶対に友達なんかではあっていけない関係のはずだ。日本の政治家には全部丸ごといっしょくたにして、マンガやアニメを日本の文化として世界に発信しようなんて浅はかな言いようを平気で口にしている方もいるようですが、それはもの凄く危険で曖昧な物の見方である。
 日本人というのはとかく存在したものを、改良・発展させる事にかけては世界でも群を抜く能力を持っている。これは世界に対しても、実に有用な能力である。世界は日本の技術を確実に必要としている。日本人はその事に関して、並々ならぬ自信を持ってもいいんじゃないかと、私は考える。ところが、そうした能力も勧善懲悪というわけではない。例えば、アダルト・ビデオの存在はどうだろう?日本のアダルト・ビデオは世界では比べ物にならないくらい種種雑多だ。エロさにかけては、日本人は間違いなく世界一の人種である。日本人というのは男も女も、基本的には変態嗜好がもの凄く強い人種であるようだ。別に隠す必要もあるまい。日本人は全員すべからくエロにかけては変態的かつ能動的であると。だからといって、アニメまでエロに染める必要があったのだろうか?これを世間では行き過ぎというのではないか?お前だってその恩恵に浴している一人ではないかと、そういう風に言う人ももちろんいるだろう。確かにその通り、私は確かに恩恵に浴しているし、それらをたまには楽しんでいるとも言える。現実に存在するのだから、それはある程度仕方がない事態であると言うしかない。問題はそれをきっちりと認識して、自分の中できっちりと判別しているかどうかの違いなんだと思う。少なくとも私は、日本政府がアニメに関して検閲を厳しくする旨の法律を制定すると宣言したとするならば、概ねこれに賛成するのにやぶさかではない。これもまたバランスの問題だ。繰り返しになるが、このバランス感覚が欠如してしまった人間が増えつつあるのが現在日本が抱える重大な問題なのだ。
 最近、{空気が読めない}という言葉が、あちらこちらに氾濫している。昔から空気の読めない人間は確かに存在していた。人間というのは、そもそも不完全な生き物であるのだから、それはそれで当然の成り行きだ。しかしそれは、以前は少数派であったという事だ。場の空気を読むとか、周りに同調したり協調したりする事は、本来は人間なら当然身に付けているはずの自然な処世術の一つであったはずだ。人は一人で生きているわけではない。摩擦や反発を感じつつも、他人とコミニケーションを取るのは実際当たり前の事だったのだし、現在においても当たり前であるべき事のはずだ。{空気が読めない}という言葉がこれだけ大っぴらに広言されている現代というのは、この当たり前の事が全く理解出来ないし使用出来ない人間があまりにも増えてしまったと見るべきだ。これは本当に怖ろしい事で、もっともっとこの問題に対しては皆が関心を持たなければ絶対にいけないはずだ。大雑把に言えば、日本という国を滅ぼす原因となる問題だという事だ。これに異論のある人はいるのだろうか?社会で毎日生活していれば、これまでの常識では考えられない人間の行動に、ほぼ毎日のように出くわしてはいないだろうか?少なくとも、私は出くわしている。毎日、毎日。
 本題からずれてしまったが、俳優の演技については、例えば舞台俳優に求められる資質と、映画俳優に求められる資質と、TV俳優に求められる資質は全く違うのだと選別して考える必要があると私は考える。これがごっちゃまぜになって、どの仕事も同じように解釈しているのが日本の現状だと思われるからだ。映画俳優に関しては、冒頭に簡単に意見を述べた。舞台俳優はどうだろう。舞台というのは直接観衆に向かって、何かを示さなければいけない必要性がある。客席は小さい箱ばかりではないわけで、俳優というのは誰にでも分かるように全ての事柄を大袈裟に表現しなければいけない。普通、皆が考える演技というものは、極端に言えばこの舞台俳優に求められる資質だ。舞台というのはリアルタイムであるからして、確かに俳優自体が登場人物に積極的に関与する事が求められる。舞台における演出家というものは、舞台全体のバランスを取るのが仕事であり、登場人物に対してはほぼ演じる俳優達に丸投げしているのに等しい。もちろん指導はするわけだが、他人の考えを正確に把握出来る完璧な感性を持った人間などいるわけがない。舞台というのは、俳優個人の力によって出来不出来が決まってしまう、演出家にとっては宝くじみたいな部分が往々にしてある。TV俳優はどうだろうか?映画と似たような環境で製作されるのだから同じようなものだろうと解釈する人もいるだろうが、本来は全く違うはずだ。日本ではこの辺がもの凄く曖昧かつ同等に扱われている部分が多々あるので、観ている私達も錯覚してしまうのだ。これが日本映画をダメダメにしている一つの理由でもある。そして映画の殿堂であるハリウッドの抱える問題でもある。ではTV俳優に求められる資質は何か?最も判りやすく言えば、それは人気があるかどうかという事に尽きる。好感度だ話題性だなんだと言い方はいろいろあるだろうが、それが全てだと言ってもいい。究極に言えば、TVというのはドラマの質だとか内容だとかいった事は、実はどうでもいいのだ。CMをどれだけの人が目にするか。これがTVの命題であり、その為には何だってありなのだ。何故TVドラマが芸術とは遠い場所に位置するかと問われれば、結局動機が不純だからという辺りに落ち着くのではないだろうか?もちろんTVドラマにも優れた作品は幾つもあるが、優れた作品には人の目が集まるわけで、それこそが大事というわけなのだから、結局は何も変わらないというのが正しい認識の仕方なんだと考える。
 結論として、映画に求められる演技というのは、いかに自分を殺せるかに尽きると断言しよう。自分自らの魅力をアピールしてしまう俳優は、映画ではペケなのだというのが、基本的な映画俳優に対する見方であるのが望ましい。だからこそ、映画ではキャスティングがとても重要になってくる(TV俳優にも同様だが、方向性は全く違う)わけだ。監督が考える人物像にどれだけ当てはまっているかが重要な要素となる。その意味で、現在の日本人監督は、映画を真剣にとっているようには見えないという苦言を呈してみたいものだ。
 ハリウッドがそうだからといって、何故日本もそれに倣わなければいけないのか?こんな猿でも理解出来る疑問を、昨今の日本人は毛ほども考えないらしい。究極を求めれば、舞台、TV、映画の俳優はそれぞれ自分の範疇の中だけで活動して欲しいものだ。数少ない優秀な俳優には、それら全てをこなす要素があってもおかしくはない。知っての通り、天は実に気前よく二物を与えるからだ。けれど、二物どころか一物さえもしょうもない俳優の方が圧倒的に多いのだから、ここはもうどれか一つに絞れよといいたい所だ。二兎を追うもの一兎を得ず。いい言葉が日本にはあるなぁ。温故知新。まさにこの言葉が、日本人には必要になってきているのではないだろうか?個人がどうのこうのという前に、民族としてのアイデンティティをもう一度再確認してもいいのではないか?アメリカがどうとかヨーロッパがアジアがとか、そんな事ばかり言って逃げようとする政治家が国会で茶番劇を演じて久しいが、そんな事よりまず日本という国がどうあるべきなのか?日本という国がどうしたいのか?基礎工事からこの国はやり直す必要が断じてある。手抜き工事ばかりの家に住んでいる国民だからといって、国の根幹たる行政が手抜きのままでいいはずがない。不義理な行いをした国会議員は、まず腹を切ってお詫びとする。これぐらい過激な法律を制定しないと、この国は何も変わりそうもない。



あぁ憧れのRAINBOW「JAPAN TOUR 1984」を思う

  前回、ジョー・リン・ターナーに対して少々軽んじた内容になってしまったので、続きものとしてこの章を捧げる事によってその非礼に答えたい。
 ジョー・リン・ターナーがRAINBOWに参加していた時期は、実に3年とちょっとという振り返ってみればあまりにも短い蜜月だった事が分かる。この3年とちょっとの間に、このメンバーは3枚のアルバムを発表し、三度の来日公演を行っているのだから凄い。どんだけこの時期のリッチーに気合が入っていたか、そしてメンバー間の充実度というものが窺えるわけだ。好例のメンバー交代も、ドラマーがボブ・ロンディネリからチャック・バーギへ、キーボードがドン・エイリーからデビット・ローゼンタルへと変わったのみで、最小限のマイナー・チェンジで乗り切っている。リッチーとロジャーを除けば、メンバーの平均年齢は爆発的に下げられたわけだ。それに応じて楽曲もソフトでポップなものへと変化した。この事がロニー・ジェイムス・ディオ時代の重厚でドラマチックな楽曲群がひしめいた時代に慣れ親しんだ人々に、幾ばくかの不満をもたらしたのは想像に難くない。RAINBOWは軟弱になっしまった、というわけだ。
 この二つの時期のRAINBOWというのは、実際まったく別のバンドである。過渡期となるグラハム・ボネットの時代があったとはいえ、これだけバンドの姿ががらりと変わってしまう例はそうはない。それはセット・リストを見て頂ければ一目瞭然だ。ロニー時代の名曲の数々は、無かったかのように陰を潜めてしまった。普通どんなバンド(或いはソロ)でも、過去の名曲は時代が変われども長くセット・リストからは外れないものだ。それは一つにはファンが聴きたいと欲している楽曲であり、メンバー本人も愛している楽曲であるからだろう。なるほど欧米のロック・バンドのように、ツアーが長ければそれらの楽曲には飽き飽きするというのは当然の事だ。毎晩毎晩カレーを食っていれば、どんなにカレー好きでもお茶漬けが欲しくなるものだ。けれど観客というものは連日連夜顔ぶれが異なるわけで、メンバーがいかに飽き飽きしていようともそれらの代表曲は演奏せざるを得ない。それがプロフェッショナルたる所以であり、使命であり、仕事なわけだ。では何故、RAINBOWはセット・リストを一新するという断行にあえて踏み切ったのか?それは間違いなくジョーが、ロニー時代の楽曲にそぐわないフロント・マンだった事が大きい。この点については前回のPURPLEで指摘した点と全く同じである。何でもそつなく器用に歌いまわすというジョーの印象は、実はまったく的外れな印象であるわけだ。断言するが、ジョーが生きる楽曲というのは、実はもの凄く範囲が狭いという事実だ。それは歴代のPURPLE及びRAINBOWのフロント・マンが、いかに堂々とした迫力と歌唱力を備えもっていたかの証明にもなるわけだ。リッチーがPURPLEを再度脱退し、ドゥギー・ホワイトを迎えてリッチー・ブラックモアズ・レインボーのプロジェクトを開始した時に、ドゥギーよりもジョーの参加を望む声が多かったのは明らかに誤解が生んだ間違った希望の発露である。その来日公演を見て頂ければ理解出来ると思うのだが、全RAINBOWの歴史から良いとこ取りをしたお祭りのような奇跡のセット・リストだったわけだ。これはジョー・リン・ターナーには不可能な事であったはずだ。ドゥギーとジョーのどちらが優れたヴォーカリストかというのは問題ではない。これは各々の特性の違いである。ドゥギーをして無個性だとか何とかという指摘は間違っている。それはドゥギーが持っていた資質の宿命であるのだから。ドゥギーは真の意味で器用なヴォーカリストなのだ。そしてジョーは、そのイメージとは裏腹の実に不器用なヴォーカリストなのである。けれど自分にあった楽曲に囲まれた時のジョーは、実に素晴らしい。それはジョーが在籍していた時代のライブを観て、或いは3枚のアルバムを聴いてみればその優秀さに舌をまく事だろう。つまるところ、それらの分析はリッチー・ブラックモアが何故凄いかという点を暗に示しているに過ぎない。リッチーが真剣に空気を呼んで解析し、作意を持ってそれらを成したとしたら、それはもう化け物だ。ある程度それは、運命という偶然に左右されている神々による決定事項であったというのが正しい見解ではないのだろうか?リッチーに見出されたヴォーカリストのほとんどが、その後自分のバンドを立ち上げ成功しているのは一体どう説明すればいいのだろうか?ギランを、ホワイトスネイクを、ディオを、アルカトラズを思い出して欲しい。彼らはキャリアこそあったものの、リッチーと仕事をする前は無名であった者達である。類は類を呼ぶ。天才の下には天才が集まる。そうまさに狼は狼を呼ぶ状態だ。そこには間違いなくリッチーの才能の萌芽が見られる。つまり、リッチーは自らの曲づくりの縦横無尽さを駆使して、各ヴォーカリストのポテンシャルを最大限に引き出す魔術師なのだ。自分の能力を自己確認し把握した人物の凄さは、音楽の世界だけには留まらない強さをどの分野でも見せつけてくれる。リッチーによって道は示された。彼らは皆、幸運の兵士なのだ。では何故、ジョー・リン・ターナーだけが大成しなかったのか?残念ながら、それがジョーの個性だとしか申し上げられない。リッチーが隣にいてこそ、ジョーはその翼を最大限に広げられる人物なのだ。その意味で、イングヴェイ・マルムスティーンでは甚だ役不足だ。イングヴェイには他人の力を引き出す能力は全くもってない。自分が一番の人だからだ。技術的に頂上を極めるギターリストでありながら、音楽家としてリッチーに遠く及ばないイングヴェイの姿がそこにある。そしてもう一つ、ジョーにはマイナスの要素がある。それはルックスの良さである。リッチーがジョーを選んだ理由の第一が、そのルックスの良さであるのは明らかだ(笑)。美人は三日で飽きる。美人薄命。世の中というのは実に身勝手なものだが、それが現実なのだから肝に銘じておくべきではないだろうか?
 RAINBOWによる「JAPAN TOUR 1984」は、公式にVIDEOとして発売されたジョー在籍時の二本目の作品だ。時代の流れもあるのだろうが、いかにリッチーがジョーのルックスに自信を持っていたかの表れでもあるのではないだろうか?無頓着に無意識にそういう事をしてしまうのが、リッチーの神がかりな部分でもあるのだから。最近ロニー時代のTV映像が突然DVD化されて発売されるというサプライズがあったが、このVIDEOがDVD化されないのはとても不思議な現象だ。VIDEO自体はとっくの昔に廃盤になっているわけで、最近になってRAINBOWを知った人々には、なかなか入手しづらい現状は悲しいものがある。ここに示された16曲のラインアップは、ここまでの文章を見事に体現しているといって過言ではないだろう。申し訳程度にCatch the rainbowがリストに上っているが、過去のRAINBOWとは完全に決別しているのが分かる。あの代表作であり忘れられぬ名曲でもあるMan on the silver mountainすら演奏されていないのだから、その徹底振りには頭が下がる。詳しいセット・リストについては、今回ははぶかせて頂く。どうしても知りたい方は、各自で調べて頂きたい。公式に発表されていたVIDEOなので、そう難しい事ではないだろう。それにしても、アンコールもグラハム時代のポップな曲が2曲とSmoke on the waterなのだから、本当にロニー時代のバンドとは別物であります。ロニー時代のDVDについては以前このブログ内で発表しているので、そちらも合わせて参照して頂ければ幸いです。
 「JAPAN TOUR 1984」。このライブは、油が乗り切っているバンドの現状を華々しく、楽しげに活写しているものとして多分に好感がもてる代物だ。平均年齢が一気に若返った事の影響は、各々のメンバーの服装やパフォーマンスから如実に見て取る事が出来る。飛び跳ねるリッチーを見よ。こんなにはしゃいでいるリッチーの姿は、なかなかお目にかかれるものではない。愛しき君がただ横にいるそれだけで、人間はこうも根底から変わってしまう生き物なんだね。PURPLEのライブ映像に見られる、冷酷で無口な孤高の鬼神たるギターリストの姿はここには微塵もない。とにかく衣装ももの凄くお洒落だ。この頃のバンドは、完全にジョーを中心に回っていたのが微笑ましい。リッチーも、そしてロジャー・グローバーまでも実に明るく若々しい。ジョーはフロント・マンとして十分な存在感を示している。幸福な結婚。この二人が、この直後破局を迎えるとは、にわかには信じ難いではないか。しかし現実とはいつもそういうものだ。ジョーの下ではっきりと完成形を見た新生RAINBOWは、この公演を最後に虹を架ける事を止めてしまった。惜しい。実に惜しい。新たな伝説の為に払った犠牲は、取り返しがつかないとまでは行かないにしても、とてつもなく大きかったのは間違いなかろう。夫婦の間は他人にはわからないものだ。端からどんなに幸せそうに見えても、恋人同士の実際なんて二人にしか分からないと、かの浜崎あゆみも歌っていましたしね。
 オープニングのSpotlight Kidや、オーケストラとの競演を果たしたDifficult to cureと、見所も豊富な本作ではあるが、やはり最大の見せ場は I Surrender に尽きる。CD化はされているが、この愉悦は映像と共に感じて欲しいものだ。これは歴史に残る名演であり、ジョー在籍時のRAINBOWというバンドの全てを語り尽している。あぁこの至福を、世の中の全ての人に伝える事は出来ないものか?その可能性はゼロではないに違いない。何故なら、それが映像の持つ魔力なのだから。そうではないか?早々にDVD化が実現しますように・・・。全ての人に愛を。全ての人に夢を。そして、全ての人に虹を・・・。あの日ジョー・リン・ターナーは、確かに山の頂に立っていた。


  「RAINBOW JAPAN TOUR in 武道館」   1984  日本
  RAINBOW
   ジョー・リン・ターナー    (Vo)
   リッチー・ブラックモア    (G)
   ロジャー・グローバー     (B)
   デビット・ローゼンタル    (Key)
   チャック・バーギ       (Ds)

今だからDEEP PURPLE「SLAVES AND MASTERS TOUR 1991」を思う

  RAINBOWの三代目ヴォーカリストとしてリッチー・ブラックモアに見出されたジョー・リン・ターナーは、いかにもリッチー好みのルックスをしたイイ男だった。ジョーは確かにへたくそな歌い手ではない。アメリカ進出が念願だったリッチーにとっては、何よりもルックス重視だったのだろうが、ジョーはそれなりの実力は示したというべきだろう。ジョーが参加して三枚目となるアルバム「BENT OUT OF SHAPE」は、その楽曲とジョーの個性が抜群の形でマッチした名盤だろう。このアルバムに関して言えば、ジョー以外のヴォーカルはもはや考えられない。これだけPOPでありながら、ハード・ロックの愉悦を残しているアルバムはなかなか見つからない。ドカンと一発みたいな決定的な楽曲はないが、全ての楽曲が高いレベルで提示されているのが素晴らしい。実はこれだけ質の高いアルバムはそうはない。嘘だと思うなら、それこそ百枚でも二百枚でもハード・ロックと呼ばれるバンド達のアルバムを聞いてみて欲しい。聞けば分かるさ、迷わず聞けよ。少なくとも私は聞いたし、その上で断言しているのだ。もちろん人それぞれ好みがあるし、客観的に楽曲を聴き比べるなんて普通に考えて不可能だ。それでもかなりの人がこの意見に賛同してくれるだろうという自負はある。音楽というものは基本的に慣れという要素が必要だ。食わず嫌いという言葉は、音楽においては非常に有効な言葉ではないだろうか?結構、聴いてもいないのに嫌いと判断してしまう人が多い気がする。クラシックもヘビーメタルもカントリーもジャズも、みんな同じ音楽なのに何故なんだろう?その答えが慣れなんだと私は思っている。人間は育っていく過程で、それぞれの音楽に出会う。そしてよほどの探究心でもなければ、その慣れ親しんだジャンルで満足するし実際事足りるわけだ。枝葉を広げるには、ある種の偶然に任せなければいけない。それまで聴いた事もない音楽でも、彼氏彼女が熱心に聴いていたが為に何となく耳に馴染んでいつしか彼氏彼女以上にそのジャンルが好きになってしまった。別れても好きな音楽。そんな経験はないだろうか?私はめっちゃある。う〜ん、どうも単純に感化されるタイプのようだ。そのおかげで、私は割りと多様な音楽を聴いているのだし、それ事態は非常に幸運だったと心底思っている(泣いた涙の数だけ・・・。それを思うと悲しくなりますが)。それによって分かった事。それはどんなジャンルにも自分に合った名曲・名演は必ず存在するという事実だ。試しに暇つぶしにでも、未知のジャンルをジャケット買いしてみませんか?ほぼ九割がた失敗しますけどね(笑)世の中はそういうものである。そうではないか?
 ジョー・リン・ターナーは現在も日本を中心にそれなりに活動している。今年も盟友?グラハム・ボネットのいんちきアルカトラズと来日公演を行ったようだ。私は当然足を運ばなかった。ちょっとは迷ったんだけどね(グラハム目当てで)。実は行かない理由の決定打が私にはある。それがあの悪名高いDEEP PURPLEでの公演である。
 時は1991年。「SLAVES AND MASTERS TOUR」と銘打たれたワールド・ツアーの一環で、DEEP PURPLEの来日ツアーが武道館その他を行脚した。その時のヴォーカリストが、ジョー・リン・ターナーだったわけだ。リッチーに導かれての二度目の大舞台を、この男はそのルックスで手に入れたわけだ。凄いじゃないか、ジョー。やはり人は見た目なんだね。DEEP PURPLE経験者が四人にRAINBOW経験者が三人というこのバンドは、一部の人にDEEP RAINBOWなんて揶揄されていたわけだが、会場はほぼ満員だった。やはりリッチーのいるPURPLEの日本での集客率は並ではない。しかも結果的にみれば、これがDEEP PURPLEとしてはリッチー最後の来日だったわけだ。その後DEEP PURPLEが日本ではただの懐メロバンドになってしまった事態を思うと、かなり悔やまれる事実ではある。日本までの十数時間のフライトが1993年のリッチー来日直前脱退の理由だという事は誰も言わないが、それが実は真相だったと私は秘かに思っている。だって長〜いヨーロッパ・ツアーは我慢して回ってたんだから。何故ほんの一ヶ月が我慢できない?もちろんそれまでに蓄積されたものがあった上でのという意味だけれど。心底嫌になっている所へ長時間フライトなんてやってられるか、とリッチーが決断したとしても何の不思議もないというのは、リッチー好きであれば合点がいく話だ。リッチーを知らない方々へ。基本的にそんな人ですよ、リッチーは。いいぞリッチー、かっこいいなぁ。
 で、来日時のパープルのセット・リストです。1991年6月25日の武道館公演。オープニングはBURNです。二十世紀後半に集められた二十一世紀に残したい名曲リストに、幾多の名曲と共に名を連ねていた伝説の一曲。以下、Black Night〜Long live Rock'n Roll〜Child in Time , Truth Heats , The cut runs deep〜Hush , Perfect Strangers . Fire in the basement , Love conquers all . Difficult to cure , Knocking at your back door , Lazy〜 Highway Star , Smoke on the water〜King of Dreams〜Woman from Tokyo となっています。目玉はやっぱりBURNに尽きるのでしょうが、個人的には後のドゥギー・ホワイト・RAINBOWの時のアンコールでのBURNが数倍出来が良かったです。何しろジョーはバァァァァァアンではなく、バンバンバァァァンと歌っています。アホですか?ジョー。せっかくの名曲が台無しではありませんか?どうですか、みなさん。他のメンバーも、もうすっかり忘れてしまっていた曲なのか、どこかちぐはぐで名演奏とはいえないです。それでもそれ以外ではジョン・ロードの素晴らしさが目立つ公演だったと記憶しています。この公演に限っては、間違いなくDEEP PURPLEはジョン・ロードのバンドであると言い切ってもいいでしょう。それぐらい飛びぬけて際立っていました。キース・エマーソンから奪い取ったとも言われるハモンドもよかったですよ、本当。思わず帰りに屋台で購入した胡散臭いDEEP PURPLEオイル・ライターはジョンの記念として手元に袋詰めのまま手付かずで残っています。使わないというより、使う気にもならない代物ですが、冥途の土産に墓場まで持っていくつもりです。ありがとうジョン、いい薬です。
 さて、今回私が再見したのは、1991年2月4日にチェコスロバキア(この国名もいまではなくなってしまいました)でのライブ映像です。現地でTV放映されたものですので、そういう意味ではオフィシァルですか?違うの?このメンバーでは他にもアメリカでの公演も見ましたが、こちらはもうわけわかんなくて、ぐちゃぐちゃしてます。武道館での興奮がいやでも甦りますが、やっぱりジョー・リン・ターナーのパフォーマンスはどうもいまいちです。自身が参加したアルバムの曲では可もなく不可もなくといった感じですが、クラシックなPURPLE曲でははっきりと役不足と感じます。デヴィット・カヴァデールは、やっぱりそこそこ素晴らしいヴォーカリストだったのかもしれませんね。イアン・ギランのヴォーカルには異論のある人がたくさんいらっしゃるみたいですが、あの人のパフォーマンスは間違いなく図抜けてますよ。少なくとも70年代から80年代までのイアン・ギランはモンスター級の存在感をもったフロント・マンだったのだと、ジョーを見ていて痛感します。「スレイブス・アンド・マスターズ」アルバム自体は、私は実は高評価です。結構充実した内容だったと思います。が、DEEP PURPLEの一員としてコンサートに立つジョーは、ちょっと浮いていますね。このアルバムのみでジョーはバンドから解雇されました。リッチー以外のメンバーがイアン・ギランを戻す為に画策したと一般に伝えられていますが、この映像を見ているとそれは間違いなく正論ではないかと私は思います。歌えないギランなんかより歌えるジョーを支持したリッチーの意見に、どちらかというとメディアもファンも傾いている気がするのですが、それは絶対誤りですよ。少なくともDEEP PURPLEではイアン・ギランの方がフィットしています。同様にRAINBOWではジョーの方が当然フィットしています。大体リッチー・ブラックモアという人は言ってる事結構いい加減ですからね。何も考えてないような事を平気でいう人です。そこがまた私は好きなんですけど。リッチーの言ってる事は、大概当てになりません。そうではないか?リッチーを知らない方々へ。基本的にそんな人です。興味出てきました?
 この頃のセット・リストは曲順に変動はありますが、どの国の公演でもほとんど同一です。それだけ準備期間がなかったという事でしょう。ただこのチェコスロバキア公演及びヨーロッパの一部ではWicked Waysを演奏しています。ファンの方々、要チェックですぞ。本当、ファンって辛いよねぇ。
 今後もジョー・リン・ターナーは器用なヴォーカリストとして、細々と食いつないでいくのでしょう。ジョーを立ててRAINBOWの再結成を夢想している人もいるのかもしれませんが、私はそんなもの見たくないですね。はっきり言って、私はRAINBOW再結成にはもはや何の興味もありません。それはただのノスタルジーでしかないからです。よい演奏もサプライズもあり得ないでしょう。それよりもリッチーには、もう少し本腰入れてブラックモアズ・ナイトで名盤と呼ぶべきアルバムを作って欲しいです。何故なら、それだけの才能を持っているはずだから。そしてブラックモアズ・ナイトこそが、実はリッチーの才能が絶対的に開花する生涯を通じてのベストのバンドだと本気で思っているからに他なりません。以前、RAINBOWこそが世界最強のロック・バンドであると高らかに宣言させて頂きましたが、それはもう当然の事と勝手に決めさせて頂いた上で、あえて言おう。リッチー・ブラックモア個人としての魅力が最も発揮されているバンドは、間違いなくブラックモアズ・ナイトであると・・・。ごめん、ジョー。全然関係なくなっちゃったよ・・・・。


  「SLAVES AND MASTERS TOUR」  1991  チェコスロバキア
  DEEP PURPLE
    ジョー・リン・ターナー   (Vo)
    リッチー・ブラックモア   (G)
    ジョン・ロード       (Og)
    ロジァー・グローバー    (B)
    イアン・ペイス       (Ds)

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