
本は結構読む(昔はだけど)方だったのですが、横溝正史作品は読んだ記憶がない。江戸川乱歩は全集を揃える程はまった時期があったのになんでやろ?よくよく考えて見ると、ミステリー小説という物は私の書庫リストには存在しないようだ。アガサ・クリスティも一冊だけ。「そして誰もいなくなった」を購入して読んだ記憶がある。それ以来アガサとは一切縁がない所を見ると、きっと何の感慨も生まれなかった事は想像に難くない。ミステリーとか推理小説には興味がないのだろうかとも思うが、小学生の頃は乱歩のポプラ社版(だったかな?)シリーズをそれこそむさぼるように読み込んでいた。と、思ったけど、乱歩って推理小説なんだろうか?という疑問もある。そういえば、シャーロック・ホームズのシリーズを集めようと思った時期があったような気がする。乱歩を全て読み終え(もちろんポプラ社?版の事。小学生だからね)それに続くものを切望していて辿り着いたのだとは思うが、結局挫折してルブランの怪盗ルパン・シリーズに方向転換したのを思い出した。あれは面白かった。その後は・・・。そこで推理小説なるジャンルは私の中では絶命した。結局、謎解きとやらには全く興味が湧かない人だって事なんだろう。絶妙なトリックとか言われてもピンとこない。もとより、映画の世界で純粋に推理を楽しめる作品なんてあるのだろうか?本なら丹念に物語を追って、行間を読み取り、真犯人はこいつだろなんて予想をつけて楽しむ時間がある。何故なら本はページを繰らなければいつまでも先に進まないでいてくれる利点がある。一方映画はがんがん勝手に話が進んで、最後には主人公が好き勝手にネタをばらしまくってあれよあれよといううちに{完}みたいな。映画に於ける犯人当ては、いってみれば競馬みたいなものではないだろうか?前半に驚くべきスピードで出演者の紹介(パドックね)、殺人事件が発生してレースが始まり、コーナーから向こう正面けやきの後ろを回って緩い坂道を上がったり下がったりの間にすったもんだの駆け引きがあって、最後の直線からゴールまではあっという間に駆け抜けるみたいな感じと言えばいいのでしょうか?結論からいうと、映画が最も苦手とするのが、本格的推理物といっていいのではないでしょうか?もちろん製作する事は可能というか全然難しくはないけれど、本来の楽しみ方は望めないという意味です。
しかし、しかしですよ。私は市川・石坂・横溝の黄金のトライアングルによる金田一シリーズ
さて「八つ墓村」ですが、実はつい最近まで市川版がある事を知りませんでした。だって{これが最後だ}ってあの時言ってたじゃん。あれ以来、金田一耕介とはとんと縁がなかったのですが、今年遂に「犬神家の一族」がセルフ・リメイクされると聞き、アンテナが動き出したようで、フーテンの寅さんではない「八つ墓村」がある事を知った次第です。知ったからには観ないわけにはいかないので、今回拝見致しました所、どうなんでしょう?記憶に残る死に様(殺され方ではありませんよ、念の為)はありませんね。ラストあたりの浅野ゆう子さんは、市川監督の金田一シリーズ
新「犬神家の一族」。市川監督はどうゆう動機で、この新作に着手したのでしょうか?確かもう90近い年齢かと思いますが・・・。その年齢で映画が撮れるというのにまず驚かされますが(日本って本当に高齢化社会になったんだと妙に納得させられます)、老体に鞭うって無駄な時間を過ごしたのではないといいですね。まさかぼけちゃって、昔撮っている事すら忘れてってわけではないですよね?とにかく、よい作品である事を心から望みます。何故なら、黄金のトライアングルによる金田一シリーズ
「八つ墓村」 1996 日本
監督 市川 崑
主演 豊川 悦司 浅野ゆう子


