今年の初夏から秋にかけては、個人的に怖ろしい程の生活変化があったので、春にエジプトに足を運んだ記憶がもの凄く遠い過去に思えて仕方がない。改めてその時の写真を眺めてみても、本当にほんの四ヶ月前の出来事なのだろうかと不思議な気分です。大きな変化のない毎日を過ごした数年間であれば、何年も前の出来事であっても、ほんの少し前の出来事と思えてしまうのに、この記憶というものの感覚の違いは一体なんなんでしょう?
さて、今回のエジプト探訪で私が見物したピラミッドなる過去の遺物は、サッカラの階段ピラミッド、メイドゥームの屈折ピラミッド、ダハシュールの真正ピラミッド(赤のピラミッドとも呼ばれているみたい)、そして最も有名なギザの三大ピラミッドの計6つ。いやぁ、けっこう観たね。と言っても、全てカイロ近郊なので、しっかりと見学する順番とかを計画的に立てておけば、誰でも一日で観ようと思えば観られるのでしょう。私は二日かかりましたが・・・。私にとっての海外旅行とは、簡単に言って行き当たりばったりの旅であるわけで、これはもう致し方ありません。旅行に行くと決まった日から、せっせとガイド本を読んだり、死霊(失礼)資料を集めたりして綿密に計画を立てて、出発の日に備える方もいらっしゃるのでしょうが、私はこれがどうしても出来ない。とにかく面倒くさい。それでもいつもならガイド本の一冊でも買って、行きの飛行機の中でぱらぱらと読んでは暇を潰すというのが通例だったりもするのですが、今回は何故かそれもなく(笑)、エジプト航空の機内では、ひたすらナンクロに励んでいたものです。ちなみにイスラム圏の航空会社らしく、機内でのアルコール・サービスがなかったので、呑まなきゃやってられない人はご用心。ま、私はただならワイン飲むぐらいで、あまり関係ありません。当たり前の事ですが、このエコノミーでの長時間フライトというのは、本当に嫌なものですね。一服も出来ませんし、足がむくんで不快だし、トイレは並ぶし。そうそう、今回帰りはキャビン・アテンダントと向かいになる席でありまして、上昇下降時以外は足が目一杯伸ばせたので最高でしたね。ただし、目の前がトイレで、しかも故障がちのボロだった(ズコーっと、吸い込まない)ようで、何度もわさわさがやがやしたのはご愛嬌ですが。よく機内では寝て過ごすなんて言う人がいるものですが、うるさいし窮屈だし私はどうも熟睡とか出来ません。ファースト・クラスとかであっても、私はきっと熟睡は出来ない性質ですね。とにかくこの長時間フライトっていうのは、海外旅行の最大の障害であります。これさえなきゃねと、思う事しきりであります。実際、飛行機が嫌で絶対に行かないという人も、私の知り合いに存在します。それはある意味、正しい選択肢の一つであると、心から思いますよ。全面的に肯定します。ま、私はそれでも行きますけど。
で、海外の観光地には必ずインフォメーション・センターなるものがあるわけで、探せばよほど辺鄙な所でもなければ日本語のパンフもあったりなかったりします。全く何もないなんて国には、私はまだ行った事がありません。大体、海外旅行客が行く所なんてものは何人であろうと一緒なわけで、何も考えずに他国に行って観光に困るという事は滅多にないのではないでしょうか?タクシーの運ちゃんだって、料金ふっかける事はしょっちゅうでも、見物に支障をきたしたという経験はあまりありません。実際、そこが行って見たかった場所かどうかは別にして、目的地にたどり着けなかったという事態に、私はめでたいかな一度も遭遇していません。そういう意味で、私が海外旅行で享受されたものは、{世の中、行きゃあ何とかなるもんだ}という一点につきます。日本ではどうも面倒くさがりが先に立つ私ではありますが、海外では結構積極的かつアクティブな人間に変貌している時があります。人間追い詰められると、性格さえ変貌するものなんです。そうではないか?そんな自分の変化を楽しめるのも、海外ぶらり旅の魅力だったりします。まぁ、今だからそう冷静に言えるというのも確かですが・・・。その時その時はとにかく必死で、パニック寸前なんて状態も実はあったりしたもんで、決してカッコのいい旅ではありません。話変わりますが、入国時に止められてうだうだなるという事が何度かあるのですが、あれは嫌なもんです。もの凄い冷や汗をかきます。生きた心地がしなかったりします。うまく話が通じなかったりした時なんて最悪です。そういう経験もないわけではないので、私は人に海外旅行は個人で気楽に行くのが絶対にいいなんて、口が裂けても言う気はありません。大体、どんな形で旅行に行こうと、その人の自由であります。金を出すのもその人なわけです。楽に楽しめるのが一番いいではありませんか。ただ、苦労すればするほど、鮮明に記憶に残るのも事実なんだとは思います。大体、私の場合、一回の旅行で二、三回は冷や汗をかくわけですが、帰国してしまえばそれもいい思い出になるから不思議です。またどこか行きたくなってきました。本当、人間っておかしな生き物ですなぁ。
「ロスト・ピラミッド」は、三大ピラミッドで有名なギザから八キロ離れたアブロワシュにある遺跡跡についてのドキュメンタリーです。軍事区域の中にある為に、その遺跡を見られる人はごくごく限られた人でしかありません。ここに第四王朝を代表する三大ピラミッドと共に第四のピラミッドがあったのではないかという仮説が立証されていきます。第四王朝の王にして、唯一自身のピラミッドを持たないラージェデフ王の失われたピラミッドは、果たして本当に存在したのか?そしてその歴史の裏には一体どんな真実が隠されているのか?いやぁ、ロマンですねぇ。へたな映画では絶対に適わない魅力が、ドキュメンタリーには確かに存在します。映像のあちこちで、自分が実際に足で歩いた場所が出てくるのですから、いやがおうにも引き込まれてしまいます。いやぁ、ピラミッドについて私は何も知らなかったねぇ。へぇぇ、ピラミッドってそういうもんかい。もちろん歴史とは必ずしも真実ではありませんが、知識が増えると楽しみ方も随分と変わるのだなぁと思い知らされます。
正直、私は今の今まで、もうエジプトは行く事はないだろうなぁと思っていました。いろいろありましたし、エジプト・・・。けれど、今回このドキュメンタリーを見て、もう一回行ってもいいかななんて思ってしまったりして、映像の力って凄いですねぇ。やはり、旅行前の下調べもいいものなのかもしれませんねぇ。知識が旅を豊かにする。それは確かにあるのだと実感します。そういえば、帰国してから偶然にその場所の映像を見て、{こんな所あったんだ!知ってたら行ってたのにぃぃぃ}なんて経験。実は何度もあります。いやぁ、びっくりする程学習しませんねぇ、私は。そしてまた、きっと何の下調べもせずに行ってしまうんだろうなぁ(笑)。まぁそんなもんですよ。それがつまりは{私}なのでしょう・・・。
「ロスト・ピラミッド」 2008 A&E Television
出演 ザヒ・ハワス
人知れずヨーロッパにて発売された Blackmore’s Night の新作「Secret Voyage」だが、いまだに日本版が発売されるという声が聞かれない。かつて日本は欧米ではなかなか手に入らない類のCDも発売されているというロック・ミュージック最後の砦だったわけだが、CDというメディア自体の衰退と洋楽マーケットの停滞ムードの中、遂に根強い人気を誇っていたはずのリッチー・ブラックモアまでが、その新作発売が暗礁に乗り上げてしまうという憂き目に遭ってしまったようだ。否。リッチー自身ではなく、そもそもBlackmore’s Nightという形態が、日本では根付かなかったという方が正しいのかもしれない。現にRainbowやDeep Purpleの過去の遺物は、手を変え品を変えリニューアル物が店頭に並んでいるという事実がある。個人的にはどんだけ音質が向上しようが何しようが、中身の同じもの(厳密には違うのだろうが)を二度も三度も買う気が全くないので、それら過去の作品の再発売には興味など湧きようも無い。レコードで持っているからと理由で、「Burn」なんてCDすら持っていないと最近気づいた。なるほど、私は「Burn」という第三期パープルを代表するアルバムを、都合十五年程は間違いなく聴いていないというわけだ。「Stormbringer」は年に一回位聴いているのにね、なんでだろう?そういえば、「In Rock」とか「Machine Head」もあんまり聴かないなぁ。「Fireball」や「Who do we think we are !」は何年か前に聴いた覚えがあるのに・・・って、そうか、PurpleやRainbowは専らライブ盤を聴くからだ。だからライブではあまり演奏されない曲が詰まっている比較的誰からもそっぽを向かれるアルバムはたまに聴いているわけだ。納得、納得。
さて、「Secret Voyage」アルバムは、Blackmore’s Night史上最もカヴァーデザインがカッコイイというか、唯一カッコイイと思うのは私だけでしょうか?もちろん単に私の好みの問題なんだろうけれど、Purple や Rainbow には幾つか好きなカヴァーデザインがあるのに、Blackmore’s Night に関しては気に入ったデザインというのは今まで皆無だったなぁと思っていただけに、今回の新作を手にした時にちょっぴり嬉しかったものです。デザインがいいので中身もいいのかなと期待をしてみたりしたわけですが、良くも悪くも何にも変わっていない楽曲の目白押しで、どの曲も以前のアルバムにばらしてねじ込んでも全く違和感がないだろうなという気がしました。完全に独自のスタイルを確立していると言えば聞こえもいいのでしょうが、果たしてそんなに楽観的でもいいのでしょうか?まるで時が止まったようではないですか。何十年も前に活動していたバンドの発掘音源を次々手当たり次第に再発しているかのようなこの感覚。常々、Blackmore’s Night には甘い私ではありますが、さすがにちょっち心配になってきました。バンドが元気に活動をしていて、当の本人達が至極満足しているというこの状況に、一ファンとして{これでいいのだ}と大上段に構えて現状を理解するという姿勢もありなのでしょうが、やっぱりファンとしてはもっと様々な不特定多数の人達にも聴いて欲しいのになぁなんて思っちゃったりもするわけです。いゃあ、これって無償の愛ですか?
確かにそんなに絶賛するようなアルバムではないのですが、でもやっぱり寂しいなぁ。この先、リッチー・ブラックモアの新作は二度と日本では発売されないのかもしれないですね。そうなれば来日公演というのも、本当に可能性は低いと言わざるを得ません。薄々そうなる事は予想してはいたので、ついついドイツとかポーランドで開催されているツアー・インフォメーションを見ては、うまい事スケジュールの都合がつく日はないかなぁなんて模索している今日この頃。ヨーロッパの片田舎までリッチーの雄姿を観にいくというのも確かに最高ではありますが、やっぱり来日公演がないのは悲しいし寂しいですね。御大も随分と年齢をくってもうお爺ちゃんには違いないわけで、最後にこの目でステージを見届けるのは長年のファンの夢でもありますし、行くしかないですか、やっぱり。ですよね。けれど、ヨーロッパくんだりまでわざわざ足を運ぶともなると、今まで気にもしていなかったキャンディス・ナイトの存在がどうしても胡散臭く感じてしまうのも正直な気持ちです。大して歌がうまい(へたくそとは思いませんが、中途半端な実力ですよね)わけでもないし、ヴォーカリストとしての魅力もあまり感じないというのが万人の意見として結構一致してしまうのではないかと思うのですがどうでしょう?別にもう一度ハード・ロックやってくれなんて夢にも思いませんが、今の音楽性のまま別のヴォーカリストにしてくんないかななんて罰当たりな考えもついつい思ってしまうんですよね。
そもそもBlackmore’s Nightは、リッチーのソロ・プロジェクト的な受け止め方をシーンではしていましたが、出来上がったファースト・アルバムを聴けば分かるとおり、完全に始めからリッチーとキャンディスの二人のプロジェクトとして出発しているわけで、新しくアルバムが発表される度に、リッチーの立ち位置は徹頭徹尾変化がないのに対してキャンディスの存在はどんどん大きくなっていくのを如実に感じてしまうわけです。今回の新作にしても、リッチーのというよりキャンディスのアルバムであるという方がきっと正しい物の見方なのでしょう。キャンディスの自我が膨大する程リッチーの存在は薄れていくのはバランスとしても仕方のない事には違いありませんが、その辺がそもそも(少なくともここ日本においての)バンドの抱える最大の問題なのだと言い切ってしまっても問題ないでしょう。ようするに、一人の偉大なる天才が、中途半端な凡人の存在によって埋もれていった結果が Blackmore’s Night の現在であるという事なんだと思われます。愛は盲目ですか。飢餓感のない人間には、もはや大きな期待をかける方が間違いであると、はっきりと言い渡されたみたいな感じですね。ハングリー精神とよく言いますが、結局の所才能の枯渇というのは、単に年齢を重ねた結果なのではなく、手にしたものへの妥協と安堵によってもたらされる結果なのだと、まざまざと見せつけられているようではないですか。それは芸術全般に言える人間の性と申しましょうか。だから死ぬまで貧乏(或いは、金以外に心の充足を満たすものがなかったとか)だった人の方が、死後高く評価されるのかも知れませんね。人生、最後の最後まで何かに追い立てられているというのはそれだけで背筋が寒くなる状態ではありますが、人の心を揺さぶるような作品を作り上げるには、やはりそれ相応の犠牲が必要なのもまた真実なんでしょう。
この「Secret Voyage」には、おまけとして「ヴィレッジ・ランターン」のプロモーション・ビデオが収録されています。私の持つDVDレコーダーとかでは再生が出来なかったので、ノートパソコンの小さな画面でそのビデオを見てみました。当然、主役はキャンディス嬢であり、リッチーは相変わらず幸せそうに隅っこでギターを奏でています。幸せって何だっけ?他人の不幸は蜜の味なんていいますが、ファンっていうのは案外その対象に対して限りなくサドな存在なのかもしれません。スレイブス・アンド・マスターズ。アーティストとファンの間柄というのは、実に奴隷と主人の関係を限りなく微妙に曖昧にしてバランスを保っているものなのですな。
「Secret Voyage」 2008 ドイツ
Blackmore’s Night
キャンディス・ナイト (Vo)
リッチー・ブラックモア (G)
Perfumeの音楽は、中毒を引き起こす効果を秘めている。私は購入していないので全曲について知っているわけではないが、多分ほぼ完璧に近いクォリティーを持った作品に仕上がっているのではないだろうか?日本のポピュラー・ミュージック史上に、また一つ歴史的名盤が登場しました。と、邦楽のCDを2、3枚しか持っていない私が言うのもどうかと自分でもちょっと思いますが(笑)よく知られる数曲だけを聴いても、とにかくとてつもなくPOPであるのは間違いがない。MTV他で連日のように流されるPVについつい目が・・・。特に「チョコレイト・ディスコ」と「シークレット・シークレット」の二曲は凄まじい。誰かCDプレゼントしてくれないものだろうか?欲しいなぁ、聴きたいなぁ、と切実に思う今日この頃である。だったら買えばいいじゃんと当然人からは言われてしまうわけだが、それはそれどうしても自分で金を払って買う気はしない。
そもそも私はここ数年間、ほとんどCDを購入しない生活が続いている。物に対する興味というのが、何故か突然私から失われてしまったからだ。それまではとにかくCDコレクターだった私は、CDショップだけでは飽きたらず、中古盤屋から怪しい海賊盤ショップまで足繁く通っては、大枚はたいてCDを買い集めていたものだ。今では不思議で仕方ないが、とにかく買い集める事が無上の喜びであったわけだ。これはやたらめったらブランド品を買い集める人にも通じるものなのかもしれない。とにかく一回聴いて、これはつまらんと以後全く蓋を開けないCDすらたくさんあった。勿体無い話である。我ながら、馬鹿だったとしか言いようがない。正直、今その処分に頭を悩ませていたりもする。全部パァーと捨ててしまえばいいのは分かっているが、中には愛着のあるアルバムも少なくない。もともと好きな音楽だったのだから当たり前である。今でも当然好きな音楽でもある。最近ではコンポがいかれてしまったので、埃まみれのPS2がほそぼそと音楽再生機として機能している始末。本に関しても同様だ。名残りとして某中古本屋で100円の本を買っては溜まったら売るという行為が私にはある。しかしこれらの本は、別にどうしても欲しくて買い集めているわけではない。たまに本好きだねぇとか言われる事があるのだが、私は答えに困る。正直、本が好きなわけでは全くないからだ。本は私の時間潰しの道具として機能している。電車での移動中とか、ちょっとした空き時間を埋める方法として、私はたまたま本を選んでいるだけだともいえる。実際、本当に読みたい本というのは、某中古本屋ではまず手に入らないし、そういう本にしても買うのを控えたり、図書館にあるのであればそれが一番だとさえ思うのだ。大体何度も何度も読み返す本など、世の中にどれだけあるというのだ?本もまた一時の時間潰しの手段でしかない。なんかもう死んじゃうみたいだな、怖い怖い。
私達は一人の例外もなく、限られた時間しかもたされていないわけだ。生まれた瞬間から死を迎えるまでの時間の長さは人それぞれだが、限られているという点では誰もが一緒なのだ。最近また同じような手段で自ら時間を止めてしまう人が後を絶たないようだが、これは実に勿体無いなぁと私は考える。この先どんだけ生に執着したって、たいしていい事はないよ。それは全くその通りだとは思う。けれどついつい笑わずにはいられない出来事も、これは必ずあるわけだ。しかし、それにはどうしても必要なものもある。それは人ではないだろうか?自分以外の誰か。ごく近くにそういう人がいないのであれば、世界中逃げ回ってみるのはどうだろう。この世界には何十臆という人間がいるわけで、一人ぐらいは絶望しているあなたを笑わせてくれる人がいるのではないか?もちろん、これは現実的な話ではないのかもしれない。金がなければ生きて行けない(何も出来ない)社会というものが肥大化すればするほど、人間の生は窮屈になっていってしまう。食料自給率が非常に低い日本という国は、その一点だけ見ても、はっきり言って人が生きていく社会としては失敗作以外の何物でもない。私達は外見だけみれば世界でも例がないほど裕福なのかもしれない。ではその内面はどうなのか?何でもあるというのは、何もないのと同義であるわけだ。私達は道を間違えた。今更姑息なその場しのぎを繰り返す政府に、どれだけの人が明日を夢みる事が出来るのかは定かではないが、その亀裂はいつだって末端から少しづつ表れてくるものだ。痛風は苦しいよ。もう歩けないくらいに痛いわけだから。自ら手を下すのが怖いから、他人をあやめて然るべき機関で処置してもらうなんていうのは言語道断である。しかし、一億分の一の例外とは、絶対に思ってはいけないのだろう。大きな病とは時に気づいた時には手遅れという場合が多々ある。それは常に深く静かに進攻していくものだからだ。腐ったみかんの方程式は、長髪のがにまた教師が闊歩する世界にだけ通用する定義では毛頭ない。エコロジーにしてもそう。エコだエコだって世間はやかましいが、本当に皆がエコロジーの大切さに気づいた時は、遺憾ながら人類が滅びる事が明らかになった時でしかないと私は思わずにはいられない。京都議定書にしたって、第三国で技術を提供してCO2を削減した分もポイントとして加算しましょうみたいな、ああいうインチキはいい加減やめたらどうなのかね。ガソリンの値段が上がるの下がるのって右往左往しているのも、目に見えるものにしか興味がないとしか思えない。政治家で一人ぐらい、業務用以外の乗用車は全面禁止にしますぐらい言ってもいいんじゃないの?自動車産業が崩壊するって?何万何千人が路頭に迷う?上等じゃないですか。国民全員の税金を収入の半分にでもして救済してあげましょうじゃないか。それぐらいの覚悟は当然必要じゃないの?という話である。常識の範囲内だけで話をしろというのは、時に人の可能性を大幅に削減してしまう場合だってあるのだ。
最近の日本の流行歌を耳にすると、一昔前のポピュラー音楽の存在を意識せずにはいられない。この世は大いなる円環によって成り立っている事の証明でもあろうか?単純にプロデューサー連中の好み(自らの音楽体験も含め)が露出しているだけかもしれないが、とにかくどこか懐かしい響きを感じずにはいられない。Perfumeの楽曲にも、明らかにそれはある。どの世代がこのグループを支持しているのかは定かではないが、もしかしたら30代以上の人こそが秘かに盛り上がっているのではないかと、ついつい感じてしまうのである。温故知新的なアイドル臭がどうしても離れない。日本にもかつてテクノ歌謡が流行った時期があった。沢田研二の「TOKIO」やジューシーフルーツ、イモ欽トリオの「ハイスクール・ララバイ」なんてのもあった。アメリカのハウス・ミュージックから派生したテクノの波は、日本では歌謡曲と密接に結びついた。日本のテクノは世界とは隔絶した部分でのみ進化したと言っても過言ではないのかもしれない。Perfumeはそのテッペンに突如として浮上したわけで、可愛らしい若さ溢れる女の子三人組というのも、いかにも日本らしい。この音楽の心地よさは、実はこの女の子達にプラスになるのかどうかは微妙である。誰もが薄々気付いているに違いないが、この音楽はこの三人でなければならなかったという部分が希薄だ。これだけの完成度を示してしまうと、次のハードルはあまりにも高いという現実もある。過去を振り返っても、こういう売れ方をした場合は短命に終わってしまう事例が多いので、Perfumeというグループ自体のファンである人はこれから大変かもしれませんね。頑張って支えて上げてもらいたいものです。もっとも、この間某歌番組で拝見した時には、随分とまぁキャラが立っていたので、実は得体の知れないポテンシャルを帯びた三人なのかもしれません。エコロジー関連のCMがきっかけとなって売れたわけですし、どうせならエコロジーとは何かを世界に知らしめるミューズにでもなって頂きたいものです。エコロジーは短命なブームでは決して終わらせてはいけない、人類の命運を賭けた問題であるわけです。エコが単なる金儲けの道具にしかならないのだとしたら、悲しいよねぇ。人間ってそんなもんですか?
「 GAME 」 2008 日本
歌と出演 Perfume
ロック・ヴォーカリストとして一番好きなのは一体誰なのかと聞かれて、グラハム・ボネットの名前を挙げる人というのは、世の中にどれだけいるのでしょうか?
そもそもグラハム・ボネットって誰なんだ?そういう人もたくさんいるでしょう。リッチー・ブラックモア、マイケル・シェンカー、イングヴェイ・マルムスティーン、スティーブ・ヴァイというかつてギター・ヒーローと祭り上げられた名うてのギターリストと苦楽を共にした経験を持つこのヴォーカリストは、あまりにも過小評価されているヴォーカリストの一人ではないのだろうか?少なくともレコードの溝に刻まれた記憶だけで辿れば、グラハム・ボネットの歌唱力は頭抜けている事に嫌でも気づかされるに違いない。RAINBOWの「DOWN TO EARTH」で受けた衝撃は、グラハム・ボネットによってもたらされたのではないか?何故マイケル・シェンカーは、発表当時既に脱退していたグラハムの歌声を、自身の歴史の中に永遠に残さざるをえなかったのか?若きイングヴェイ・マルムスティーンが自身の輝かしい出発点の相棒として、ロニー・ディオではなくグラハム・ボネットを何故選んだのか?その答えは本人達の数あるインタビューの中にあるに決まっているじゃんと言う方がいるとしたら、それはあま〜いのだ。大体彼らが正直に率直に真実を語っていると本当に思っているのですか?そんな事は絶対にありえないと、私は断言しますね。真実はいつもすぐ目の前にあるのです。さぁ今すぐ中古CDショップに駆け込んで、Rainbowの「ダウン・トゥ・アース」を、MSGの「黙示録」を、Alcatrazzの「ディスタービング・ザ・ピース」を購入して、店の前で封を切りCDプレイヤーで聴いてみましょう。凄いです。とにかく凄いです。何がって、グラハム・ボネットがです。聞いているこっちの方が、ついつい青筋をこめかみいっぱいに立ててしまいます。思いっきりメーター振り切れちゃってます。よく死なないですね、こんな歌い方して。これらのアルバムをグレートな作品にしているのは間違いなくグラハム・ボネットであり、一度でも聞いてしまうと、もうグラハム・ボネット以外のヴォーカルは考えられないほどのインパクトがあります。確かにどれもこれも同じ様には聞こえてしまいます。しかしそれは、それだけグラハム色に染まってしまっているからとも言えるでしょう。ギターのフレーズだとかアレンジとかも、全然記憶に残らないかもしれません。しかしそれは、それだけグラハム色に染まってしまっているからなのです。恐るべしグラハム。レコードだけに限ってしまえば、もしかしたら最強最高のロック・ヴォーカリストなのかもしれません。ところが世の中うまく出来ているもので、グラハムの神通力が威力を発揮するのは、誠に残念ながらレコードの中だけに留まってしまいました。グラハム・ボネットは歌詞を覚えるだけの記憶力を持っていないのではないか?そういう疑問を抱いた方がいるとしましょう。遺憾ながら、大筋でそれは的を得ています。グラハム・ボネットは実は肝心な所で音痴なのではないか?そういう疑問を抱いた方もいるかもしれません。誠に誠に遺憾ながら、大筋でそれは間違ってはいないのかもしれません。グラハム・ボネットはやたらに暑がりなのではないか?その通り、グラハムはいつだって Too Hot な男なのです。実は露出癖があるのではないか?何かあるとすぐ笑って誤魔化すのではないか?観客の(時にバンドの)空気が読めないのではないか?バンドのフロントマンとしてはにやけすぎではないのか?観客に無理難題を押し付けすぎなのではないか?ジェームス・ディーンに似ていると人に言われるのが、三度の飯より好きなのではないか?ついついぷらっと仕事をほっぽり出して家に帰り過ぎなのではないか?女の趣味が悪いのではないか?あんだけ油ぎった歌い方のくせに、実は野菜しか食ってないのではないか?などなどなど・・・。誠にもって遺憾ながら、きっとその疑問は全て当たってしまっているのかもしれません。ふふっ、何か笑っちゃうね。いいぞ、グラハム。
ビーチ・ボーイズやビートルズが大好きで、もともとビージーズの曲なんかを取り上げていたマーブルズなる中堅デュオで音楽界に彗星のごとく現れたグラハム・ボネットは、オーストラリアでまずそこそこ売れました。その後ソロに転身、この頃からグラハム・ボネットの出戻り体質は完全に出来上がっています。疾風のように現れて、疾風のように去っていくとは、グラハム・ボネットの為にある言葉に違いありません。以後、ソロ活動、RAINBOW参加、ソロ活動、MSG参加、ソロ活動、Alcatrazz結成、ソロ活動、インペリテリ参加、ブラックソーン参加、フォースフィールド・プロジェクト参加、誰も知らないソロ活動、日本でのいくつかのお仕事、と多伎に亘る音楽活動の合間合間には、必ずと言っていいほど短期(時には思いがけない長期)の隠居生活が欠かせないようです。あれだけ素晴らしい歌唱力を持っているのですから、次から次へと仕事が入るのはこれは当然な事なわけで、その多様な音楽活動は間違いなくグラハム・ボネットのヴォーカリストとしての才能が優秀である証拠にもなっていると思われます。問題は、どれもこれも長続きしないという点で、想像するにきっと人間性に重大な欠陥があると予想されます。きっととてつもない変人なのでしょう。さもなければ、とてつもない変人達の世界にあって、あまりにも普通過ぎたのかどちらかだと思われます。どちらにしろ、グラハム・ボネットはその圧倒的な実力を持て余してばかりで、大成功の人生を歩めなかった稀代のヴォーカリストという不名誉な烙印を押される哀愁たっぷりの男であると言えそうです。しかしながら、このままロック史からつまはじきにさせておくのは、勿体無いなぁと私は思うわけです。何故って、それはやっぱり好きだからでしょう。
グラハムが歌う名曲の数々は、ハード・ロックとしてはもの凄くポップなものが多いと思われがちですが、実はそうでもありません。RAINBOWを例に挙げてみても、「All night long」や「Since you’ve been gone」なんかがグラハム期の代表曲としてピックアップされるわけですが、あのアルバムのハイライトは「Eyes of the world」以外には考えられません。グラハムの歌唱も、前記の二曲では多少力入り過ぎによるどっちらけムードが随所に顔を出していますが、「Eyes 〜」でははまりにはまった歌声が楽しめます。本人曰く、自分はハード・ロックは好きではないみたいな発言もかつてはしていました。ビーチ・ボーイズ等のポップなロック・ミュージックを好むからこそ、自分もポップな曲を歌いたいみたいな希望も分からなくもありません。そりゃ好きな曲を好きなように歌って金が儲けられれば、それにこした事はないわけです。が、ようするにグラハム・ボネットという人は、自分の資質を見抜けなかった悲しい夢追い人であったというのは、その人生が如実に示しているようです。ヴォーカリストでありながら、ヴォーカリストとしての自身の特性に最後まで背を向けた生き方しか出来なかった所に、グラハムの失敗の全てがあるのではないでしょうか?グラハムのソロ作品の幾つかは、とても愛聴出来る代物ではありません。曲自体の魅力に乏しいのも致命的ですが、自身の特性に逆らった楽曲ばかりがラインアップされているのがつまる所最大の要因ではないのでしょうか?晩年のソロ作品には、実は自身の特性に遂に気づいたとおぼしき節が見受けられますが、時既に遅しというわけで、歌唱力の衰えと楽曲の魅力のなさの相乗効果によって、もはや誰も聴かない(聴けない)作品になってしまっているのがとても残念です。
昨年、グラハムがAllcatrazz名義で来日公演を敢行した事を知っているのは、もう頭髪に白髪が目立つかつてのロック少年少女だけなのかもしれません。私は迷いに迷って、遂に会場には足を運ばなかったわけですが、行ったら行ったでそれなりに楽しめたのだろうなとも思います。けれど、グラハム・ボネットの真の実力は、遠い過去の幾つかの作品にのみ永遠に刻まれていると知っている以上、敢えて行かない道を選んだのもありなのだろうなと信じてやみません。グラハム・ボネットはCDの中に封じ込まれた永遠の魔人であります。その破壊力を、一人でも多くの方に楽しんでもらえたら、一ファンとしてこんなに嬉しい事はありません。
久し振りにグラハムの雄姿を、ブラウン管で立て続けに観てしまいました。Rainbowの「モンスターズ・オブ・ロック」も、Alcatrazzの「メタリック・ライブ」も「パワー・ライブ」も、そこそこ楽しんで観る事が出来ました。リッチーもコージーもやたらカッコいいじゃないですか。イングヴェイもとにかく生意気そうないい顔をしているし、スティーブ・ヴァイは無茶苦茶気味悪いなぁ。後年、横浜アリーナでホワイトスネイクの一員としてステージに立っていたヴァイを観た時のあの生々しい気持ち悪さを思い出しました。光陰矢の如し。私の好きなバンドは、もうみんなお爺ちゃんになってしまいました。ま、それもいいじゃないですか。老いてなお現在を生き抜く力を見よ。人は誰でも年をとる。ノスタルジーに浸るのも悪くはないさ。何故なら、それは私の生きた証でもあるわけだから。
ありがとう、グラハム・ボネット。今はまた、隠居中なのかい?
「モンスターズ・オブ・ロック」 1980 イギリス
RAINBOW
「アルカトラス メタリック・ライブ」 1984 日本
Alcatrazz
「アルカトラス パワー・ライブ」 1985 日本
Alcatrazz
かつてジーザス・クライストだった男・イアン・ギランが音楽活動四十周年を記念して、自身の膨大な貯蔵庫から適当に選び出した楽曲を新録して収めたアルバム「Gillan’s Inn」。どうもここ日本ではイアン・ギランの人気ははなはだ低く、まるでリッチー・ブラックモアをDEEP PURPLEから追い出した悪玉のように呼ばれ、ここ数年の歌唱力のとてつもない衰えも手伝って、その評価もうなぎ下り(笑)の様相。もはや私の耳には、イアン・ギランを擁護する声は全く届かなくなって久しい。イアン・ギランって、そんなにダメですか?あぁそう。ダメなんだ(笑)
イアン・ギランはジャベリンズ(ムーンシャイナーズでもいいけど)なるセミ・プロ・バンドからヴォーカリストとしてのキャリアをスタートさせ、エピソード6に加入してプロ・ミュージシャンの道を歩む事になる。この英国中堅ポップ・ロック・バンドは60年代中期に9枚のシングルを発表するも、チャート的には全く成功せずに終わってしまった。イアン・ギランはオリジナル・メンバーではないものの、メンバー内唯一の作曲家であったベースのロジャー・グローヴァーと曲作りを始め、その後バンドに加わったドラムのミック・アンダーウッドと共に後期エピソード6の要となり、バンドは徐々に形を変えつつあった。そこへ舞い込んだのがDEEP PURPLEへの加入話であるのだが、リッチー・ブラックモアとかつてアウトローズで共に活動していたアンダーウッドがその橋渡しをしている事からも、バンドとしてはもはや袋小路に嵌まり始めていたと見ていいのだろう。ソングライター・コンビが抜けてしまったバンドは、ジョン・ガスタフスン(後にギラン、ロキシー・ミュージック等で活動)とピーター・ロビンソン(後にブランドXやフィル・コリンズのバンドで活動)を加えてしばらくは活動するも、あっけなく解散してしまう。ちなみに、アンダーウッドとガスタフスン、ロビンソンの三人がエピソード6解散後に結成したのがクォターマスだが、それはまた別の話。
DEEP PURPLEについては、今更何を言う事もないわけで、とにかくイアン・ギランはどでかい成功を掴む事になる。「DEEP PURPLE IN ROCK」は、現在も脈々と流れるハード・ロックと呼ばれるジャンルの礎になるアルバムであり、ギランという野獣と黒衣の男の見事なマッチングで、ハード・ロックの醍醐味を芳醇に味合わせてくれる名盤として現在もなお売れ続けているアルバムの一枚だ。この中の一曲「Child in time」が、ギランにもう一つの道筋を見出す。「キャッツ」「エビータ」「オペラ座の怪人」と、現在では泣く子も黙るミュージカル界の巨人アンドリュー・ロイド・ウェーバーの「ジーザス・クライスト・スーパースター」のジーザス・クライスト役という大役の話がそれだ。ギランは舞台、そして映画でのクライスト役も望めばその手にしていたわけだが、ここではオリジナル・レコード盤への参加のみに止まっている。この時のギランの歌声は、ウェーバーの輝かしい全記録を収めたBOXセットでも聞けるので、興味のある方はぜひ耳を傾けて欲しいものだ。ギランのヴォーカルは豪快で野性的であり、実に見事というしかない。「ジーザス・クライスト・スーパースター」という曲は、ギランの為にある曲だと言っても過言ではあるまい。この時点では、ギランはDEEP PURPLEにこそ魅力を感じていたわけで、実際ウェーバーに対する印象もよくはなかったようだ。ギランの血が、だくだくと身体を流れるロック馬鹿の血が、ウェーバーの洗練されたロックもどきの音楽にNOを突きつけたのだから、実に爽快だ。余談だが、ギランには後に「エビータ」への参加要請も舞い込んでいるのだが、これも当然のように断っている。ギラン恐るべし。まさに天才と馬鹿は紙一重である。
自分の道は自分で切り開くとばかり、DEEP PURPLEのフロントマンとして傍若無人の未来を描いていたギランではあるが、思わぬ所に人生最強の敵が潜んでいたのに気づくのはもう少し先だった。昨日の友は今日の敵。リッチー・ブラックモアという男の捻じ曲がった性格と、イアン・ギランの無茶苦茶振りに折り合いなどつくはずもなく、DEEP PURPLEは人気の頂点を目の前にして戦線離脱を余儀なくされる。ギランは脱退を決意し、最後の日本公演での{The end,Good bye}の声は、悲しくも切ない響きとして心を打たれる。ここ日本において絶大な人気を獲得しているリッチー・ブラックモアの言い分ばかりが正当な意見として取沙汰されているのは、大きな間違いだと私は敢えて言いたい。このブログ内で何度も言及している通り、私はリッチー信者の一人ではあるが、リッチーが言っている事は多分にその場限りの思いつきや感情に大きく左右される行き当たりばったりの発言がやたら多いと感じる場面が結構ある。リッチーの発言は、本来鵜呑みにしてはいけない部分を多分に含んでいるのだ。リッチーは何故あれほどギランを毛嫌いするのか?(または毛嫌いする振りをするのか?)それはリッチーにとってギランが、畏怖すら覚える唯一のヴォーカリストであるからなのではないだろうか?ロニー・ディオにしろ、カヴァーデイルにしろ、ジョーにしろ、歴代のリッチーの相棒で、リッチーが一目置くヴォーカリストは皆無と言っていいだろう。生涯只一人の仇敵、イアン・ギランはリッチーの中でも間違いなく別格であり、当然語気も熱気を帯びて当然なのではないか?DEEP PURPLE再結成のヴォーカルはギランでなければ意味がないと言い切ったリッチーと、あいつはメロディーが歌えないと一方的に壁を作って解雇に陥れたリッチーの二つの相反する心の中には、部外者には計り知れない葛藤が隠されているはずだ。愛すれば愛するほど、憎しみはとめどなく増加していく。もしかしたらリッチーは心の中で確信しているのではないか?イアン・ギランのいないバンドで、ハード・ロックなど演っても意味はない。
DEEP PURPLE脱退後、実業家への転進を図ったギランではあるが、ロック・スターがビジネスマンとして成功するわけもなく、イアン・ギラン・バンドとして再びスポットライトの下に立つ事となる。皆が期待する音とはかけ離れたインプロビゼイション主体の当初の音楽性は、ギランの心を映し出す苦肉の策だったのではないだろうか?DEEP PURPLEを脱退した男が、ストレートなハード・ロックなど出来るものかという意地のようなものがひしひしと感じられる。しかしそのような気持ちが長く続くはずもなく、イアン・ギラン・バンドは徐々に自身のホーム・グラウンドへの回帰を目指す。「Mr.Universe」はバーニー・トーメというメタル・ギターリストを加え、全英チャートのトップ10に切り込んでいく。続くアルバム「Glory Road」はバンド名もGILLANと改め、僕達のギランが帰ってきた。本国イギリスではリッチーと同等もしくはそれ以上の人気を持つとも言われるギランの言葉通り、GILLANは名盤「Future Shock」で全英チャートの頂点に立ち、レディング・フェスティバルの常連としてロック・シーンに着実に地盤を築きつつあった。この頃バーニー・トーメと袂を分かち、GILLANに新たに加わったギターリストがヤニック・ガーズ(後にアイアン・メイデンに加入)であり、その演奏スタイルはリッチーの影を強烈に感じさせるものだった。この時イアン・ギランが求めていた思いは何だったのだろう?かつてロニー・ディオとグラハム・ボネットが、イングヴェイ・マルムスティーンを熱望した気持ちと、見事にオーヴァー・ラップしないだろうか?リッチーへの思い。あの素晴らしい瞬間をもう一度。思い出とは時と共に都合よく美化されていくものだが、リッチーを知るヴォーカリストはリッチーの影を追う宿命を背負わされるようではないか?「Magic」はGILLANのアルバムの中でも最も充実した内容であったにも関わらず、ギランののどの不調を理由にあっけなくバンドは解散。ジョン・マッコイ他メンバーの怒りはごもっとも、何故ならそれが本当の理由ではない事を彼らはうすうす気づいていたはずだからだ。あの男ともう一度演りたい。ギランは恋する乙女だったに違いない。可愛いぞ、ギラン。
しかしギラン主導のアプローチは、王様リッチーの気分を害してしまったようだ。ギランは行き場を失うが、捨てる神あれば拾う神ありという世の流れに沿うかのように、ビッグ・バンドへの道が示される。イアン・ギラン、Black Sabbathに加入。これには思わず笑ってしまった人も多かったのではないだろうか?私はこのメンバーでの唯一のアルバム「Born Again」が大好きなのだが、音の酷さもあってSabbathファンにもロック・ファンにもとにかく評判が悪い。しかしここでのトニー・アイオミのギターは、彼の生涯の中で最もおどろおどろしくひたすらヘヴィであるというのは、私の勝手な思い込みではないのではなかろうか?皆がSabbathに抱くイメージに、実は最も近い音がこのアルバムにおけるアイオミのプレイなのではないだろうか?トニー・アイオミ、素敵です。
リッチーとギランの相思相愛の結果が、DEEP PURPLE再結成第一弾「Perfect Strangers」を聴き応えのあるアルバムとして世間に訴えかけた。時はNWOHMの中、バンドはひとまず景気よくシーンに迎え入れられる。このアルバムは一言で言えば、リッチー主導によるPURPLEアルバムであり、以後一枚毎に主導権が行ったり来たりするのが、リッチー脱退までの再結成PURPLEの受け止め方としては正しいと思われる。これは実はオリジナルのPURPLEのアルバム製作と全く同じ流れだ。王様リッチーの、自分が重宝されていないアルバムはぼろくそ言いたい放題という図式も全く同じ。リッチーの意見が世間の評価に直結する悪循環もまた同じ。ロック・スターは人間として成長しない生き物である事が、儚く証明されている。リッチーが見向きもしないアルバムには、実は名曲が少なからず存在していると思う私のような輩には、これは少々悲しい現実だ。そして、その中には{ギランここにあり}的な楽曲が目白押しだったりする。相思相愛でありながらも水と油でもあるこの二人は、悲劇を演出する為に出会ってしまったハードなメロドラマの主人公であるかのようだ。
この当時、PURPLEと平行してギランは独自の活動も続けている。ギラン&グローヴァー名義の笑うに笑えない「Accidentally on purpose」は、ギラン史上最大の駄作だが、それでも私はその内の何曲かは十分楽しめた。IAN GILLAN名義の「Naked Thunder」とGILLAN名義の「Toolbox」の二作は、個人的には割りと満足しているし結構聴いていた記憶がある。そこにリッチーがもたらす魔力は当然存在しないが、ギランを楽しむにはなかなかの代物だ。その後のソロ作にしてもリッチー抜きのDEEP PURPLEにしても、どれもこれも大した作品でないのは認めるが、イアン・ギランの魅力は私の中で消える事はない。ステージ上の歩く野獣。その独特の声、独特のシャウト、独特のユーモア、独特のいやらしい笑い方。どこまでもアホであり、どこまでもロック馬鹿であり続けるこの唯一無二のヴォーカリストを、どうして避けて通る事が出来ようか?イアン・ギランは、いついかなる時もイアン・ギランである。この一見単純で当たり前に見える事が、実は実践出来ないのが人間なのだという事実を、私達は忘れてはいけないのではないだろうか?
「Gillan’s Inn」には、実にたくさんのミュージシャンがお祝いに駆けつけている。DEEP PURPLEは、今やギランの家族のようなものだ。盟友ロジャー・グローヴァーはもちろん、ドン・エイリー、イアン・ペイス、スティーブ・モーズのみならず、元PURPLEからジョン・ロードとジョー・サトリアーニが顔を揃える。ゲストもまたゆかりのギターリストが嬉しい。スティーブ・モリス、トニー・アイオミ、ヤニック・ガースはもちろん、ジョー・エリオットにウリ・ジョン・ロート、ジェフ・ヒーリーも元気そうで何より。皆が素晴らしい演奏をリラックスした中で聞かせてくれる。ディーン・ハワードの名も、私にとっては重要だ。あの中野サンプラザを私は一生忘れないよ。ある意味恋敵のロニー・ディオの参加もある。かつてDEEP PURPLEのコンサートでRainbow in the darkを気張って歌い上げたあの姿は、実に偉大でした。このアルバムにはDVDが付いているわけだが、このDVDがまたしょうもない代物で、そのあり得ないしょうもなさを確認する為にも、ぜひ皆様大枚はたいて買って見て下さい。その怒りの先には、ほんのごく短い間の至福の映像が隠れていたりします。ちなみにジョー・サトリアーニ在籍時DEEP PURPLEのライブも二曲ほど収録されていますが、これがまた(笑)酷い代物で、もっと良いものは探せば世の中ありますよ、みなさん。
もはや常識の範疇として、このアルバムにはリッチー・ブラックモアは参加していない。リッチーがギランに何らかのアクションを取る事は二度とないのだろう。リッチーにとってはイアン・ギランというヴォーカリストは意識の奥深くにしまい込まれ、今ではインタビューの合間のお約束として笑いのネタにするだけの存在になってしまった。イアン・ギランがリッチーを呑みに誘うのも、これまた考えづらい。ギランは意地でもリッチーに尻尾を振る事は許されない星の下に生れているのだから。しかもDEEP PURPLEを世界と考えるなら、結果的にはイアン・ギランが勝者であり王様なのだ。人の歴史の面白さを垣間見せてくれる一瞬ではないか?今ではイアン・ギランこそがDEEP PURPLEなのだ。その事は別段不思議でもなんでもない。何故なら、イアン・ギランはロック馬鹿であり、DEEP PURPLEというバンドを心の底から愛している世界一のヴォーカリストなのだから。その愛が何を求めているのかは、私達は実はよく知っているはずなのだ。
「Gillan’s Inn」のレコーディングに、もしイアン・ギランがリッチー・ブラックモアに{一曲さらっと弾いてくれよ、ウハハのハ}と呼びかけていたら、どうなっていたと思います。私はきっと、誰もいない日をわざわざ選択して、リッチーはさらっとソロを弾きに来ていただろうなと、実は思うのです。そういう関係なんですよ、リッチー・ブラックモアとイアン・ギランは。現実とは真実を映す鏡ではない。それは、あなたと誰かの関係でもあるのでしょうね。
「Gillan’s Inn」 2007 イギリス
出演 イアン・ギラン
ギランゆかりの凄腕ミュージシャン達
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